「ここが・・」
その名の通り。
スラム街だった。日当たりの悪い道。暗い路地。廃墟が立ち並び、ほつれた布や薄汚れた服が干してある。
どんよりとした雰囲気が漂い、気を抜けば刃物も飛んできそうな雰囲気だった。
突然やってきたセヴィオ達の様子を住人達は遠くから伺っている。
そこには痩せた幼い子達の姿もあった。
「どうだ。連れてきたぞ」
がくりと肩を落としながらごろつきのリーダーが言った。魔王の娘という爆弾をセヴィオと共に抱えているのだ。
本当ならば今すぐにでも逃げ出したいところだがそうもいかない。
逃げれば魔王自らの処罰になるだろう。もしくはこの街が跡形も無く消えてしまうだろう。
「連れてきてくれてありがとうございます。見せてくれて・・ありがとう・・」
センジュは礼を言ったが、声が震えて上手く出せなかった。
日本でも稀に見る廃墟。それと同等だった。
一気に悲しみが押し寄せてきた。
_こんな廃墟同然の場所に暮らしている人達がいるなんて。あんな小さな子達も。
「で、ご感想は?」
意地悪そうにセヴィオは言った。不機嫌だ。すでに面倒事が起きているのだ。
_今日の報告、なんて言ったら良いんだよ。そのまま報告したら俺の首飛ぶんじゃねぇかな。こんな危ない街に連れてくるなんて・・魔王様は絶対に嫌がるハズだ。
「確かにこれじゃ・・心も荒むよね」
センジュの言葉にごろつきの1人が怒りをあらわにした。
「そりゃあんた様みたいな良い暮らしの方には理解できませんでしょうよ!でもここは俺達の」
「だから、変えていこうよ。少しずつ」
「・・・・え?」
「ごめんなさい。私の力だけじゃ、きっとすぐにとはいかないけど・・でも、協力してくれる人がいればもっと普通な暮らしが出来るはずだよね」
「っ・・・」
前向きなセンジュの発言にごろつき達は言葉を失った。センジュの真剣な眼差しに魅入っている様子だ。
「人それぞれ事情があるのは解ってる。生きる事が下手な人もいるって知ってる・・私もそうだったから」
「あんたが・・?」
「うん。だから・・出来る限り力になりたい」
「センジュ」
その言葉にはセヴィオも目を丸くして驚いている。
何かを背負っていた様な雰囲気が伝わってきた。
_人間界で苦労してたって事、か。何があったかなんて聞けないけど・・。
「今、この目でこの現状を確認した。変えたいと思ったよ。これを見て、見て見ぬふりは出来ない」
「あんた初めて王女らしい事言ったな」
「うん。ずっと怯えてたから・・自分の事で精一杯だったし。だけど、セヴィオもいてくれるし、ちょっとずつ魔界の事わかってきたから。だったら、もっといい魔界で生活を送りたいよね。皆が楽しく笑える様な」
「ああ・・そうだな」
ザザッと音がしたかと思うと、セヴィオが頷いたと同時にごろつき達はセンジュの前にひれ伏した。
続けてゼンとコーマ、クロウも近くで跪いている。
「ちょ、何して・・」
「俺達は・・ずっとあんたみたいな人を探してた!人生で今、本当に信じられそうな人を見つけた!!」
「え・・?」
今にも泣きだしそうな声でごろつきのリーダーが訴えた。
「俺達は仕事に失敗しクズとみなされ捨てられた。一度失敗すれば二度と前の生活に戻る事は出来ない。そう諦めてきた。だから犯罪ばっかりして命を繋ぐしか方法がなかった」
「そう・・だったの?」
「生きる事が苦しい時もあった。それを通り越して廃人になるヤツもいっぱいいる。だけど、もし・・もう一度まっとうに生きるチャンスをくれるというのなら・・俺は、俺達はあんたに一生命を尽くす!!!」
センジュが驚いてセヴィオに目を向けると、セヴィオは理解した様に頷いた。お互い考えている事が同じ様だ。
「いいかな?セヴィオ」
「センジュがそうしたいなら、そうしろ」
「うん」
センジュは決心した様に深く頷いた。
そして魔王から貰った金貨をポーチから取り出し、男に差し出した。
「今はこれしかないけど、使ってください」
「こ・・こんな大金を!?なんで・・」
「パパに貰ったんだけど私には使い道が思い浮かばなくて・・どうせなら、役にたてたいし」
照れくさそうに笑っていると、ごろつき達は静かに涙を流していた。リーダーはボロボロ男泣きしている。
「あ、ありがてえ・・これでここの住民全員がしばらく食い物にありつける・・こんな施しも・・本当に初めてだ。信じられねぇ・・うう・・」
「そ、そんな大袈裟だよ」
恥ずかしそうに笑うセンジュに、セヴィオは微笑んで肩に手を添えた。
「いや、あんたは間違ってない。目の前の奴らを生かそうとしてるんだからな」
「そ、そう・・かな?」
「ああ。俺も見習わないと」
ぽんぽん。とセヴィオは誇らしげにセンジュの頭を撫でた。
その手の温もりはセンジュにとっても心地よかった。
_温かい。なんかくすぐったいし・・嬉しい。誰かの役に立つっていいな。
ごろつきのリーダーは涙をぬぐうと服の端で手をゴシゴシと拭いセンジュの手を握った。
「お、俺はこのスラムの給仕をしているガルシアってんだ。姫さま」
「あ、私はセンジュといいます」
「あんた・・いや貴女様から貰った金でここに住む子供たちにしばらく栄養のある飯を食わせる事が出来る。本当にありがてえです」
「お役に立てて良かったです」
「ああ、俺達もあんた・・貴女様になんかあったらいつでも力になりますから!」
「はい。そう言っていただけて嬉しいです」
優しく穏やかな空気が流れ、近くに居たゼン、クロウ、コーマはセンジュとセヴィオを眩しく誇らしげに感じた。
「なんか、凄いな」
「ああ。なんか凄い」
「なんか凄いしか言えないな」
「俺ら凄い現場に居合わせんだな。ラッキーだったな」
と3人は困った顔で笑った。
自分と一緒に学び、遊んだ友が立派になっているのを目の当たりにして3人も感動していた。
ゼンはそれを見て決心する。
「セヴィオ、提案なんだけど」
「ん?」
「俺も協力する。融資してくれそうなヤツを探してみるから、お前らだけで無理すんなよ」
「ゼン・・そうしてくれると助かる。それと、さっきは悪かった」
「いやいや、根に持ってるけどな」
「・・・」
放たれた言葉を真面目に受け取り、俯くセヴィオの肩をトンと押してゼンは笑った。
「ハハ、ウソウソ。四大魔将として王女を護る任務だったんだろ?」
「・・ああ」
「だったら仕方ねえよ。納得できる。王女を何がなんでも護るのが仕事ならな。俺がお前だったら同じ事するし」
「・・すまない」
「でも、気を付けろ。最年少で四大魔将になったお前の隙を狙ってる奴がいるって事だ」
「ああ、若いってだけで舐められてるみたいだしな」
セヴィオの言葉にクロウとコーマもすかさず思っている事を口にした。
「俺はお前が四大魔将に選ばれた時からずっとお前を尊敬してるよ」
「は?何恥ずかしい事言ってんだよクロウ」
「俺も俺も!肉の焼き加減も天才だしな!」
「それ関係なくね!?」
「はー!?良い事言ったんだから奢れよー!」
「またそれかよ。全く昔からお前は変わらねえな」
「ハハハ」
「何かあったらすぐに力になる。これもまた何かの縁だろ?」
「お前ら・・マジ・・やめろ」
ゼンの言葉に鼻の奥がじんとした。コーマもクロウもうんうんと頷いている。
思わず涙腺が緩んだセヴィオだ。顔を伏せた。
「よかったね、セヴィオ」
「・・ああ。良かった。あんたと街に来て正解」
「えへへ」
センジュも素直に喜んだ。
人の笑う顔は癒しを与えてくれる。
心が温かくなる。母以外にこんな事は初めてだった。


