「だっ、大丈夫だから!! 」


もう。
雪狐は完全に面白がっている。
恭一郎様は雪狐に対して友好的とは言えないから、少し腹いせも含まれているのかもしれない。
まあ、仲良くなってきているのだと思おう。


「おはよう、小雪。すまない、起こしてしまったな」


まるで、今朝初めてその台詞を聞かせるように、恭一郎様がわざとらしく雪狐と同じ文言を繰り返した。


(……狐……。この二人、実はすごく似てるんじゃないかな)


「それは構いませんが……あの、それより少し痛いのですけど」


爽やかな笑顔を浮かべながら、袖口で何度も私の目元を拭う。
力はそれほど強くはないが、そう何度も拭われると擦れてちょっと痛い。
いくら拭いても気が済まないのか、私の苦情ににっこり笑うと更に袖を押し当てた。


《大体、貴方がそれを見つけるということは、同じく部屋にいたということでしょう。獣風情よりも余程問題では? ああ、いえ、貴方が姫の兄君であるというなら話は別ですけれどね、医師殿? 》


痛いところを突かれたのか、ようやく手が止まる。と同時に、目元の痛覚も遮断された。

寝顔を見られた。
兄ではない、ただの男性であるこの人に。


「……そ、それは……お前を訪ねたら、また眠ったまま起きてこないと聞いて。それに、狐の姿も見えなかったから……焦ったのだ」


どうして、そこで照れるのだろう。
そんな顔をされたら、寝顔を見られた当の本人は何を怒っていいのか分からなくなる。


《医師殿は心配性が過ぎますよ。それも、対象が姫に限定しすぎています》

「大切なものを心配するのは当たり前だ。小雪のことは、あの頃からずっと案じている。今日こそ、夢の狭間から戻って来ないのではないか。身体そのもの、消えてなくなっているのではないか――だから、こうして起きて元気にしているのを見ると、言いようもないくらいにほっとする」


袖口から手を出し、現れた指の背でもう一度目の端を拭われた。


「早く、狐よりも先に顔を見られるようになりたいものだ。一足先に……というより、そうなれば、狐どころか他の誰にも見せるつもりはないが」