【奏】
底冷えするような真冬の日、窓ガラスは白く染まり、外の世界はほとんど見えなかった。ただ、薄暗かったことは覚えている。
一緒に学級委員をしていた相手と、放課後に担任から頼まれた作業をしていた。
ほとんど雑用のような作業に、俺はウンザリとしていたけれど、俺の相手はそうは思っていないようだった。じゃんけんで負けて仕方なく学級委員になった俺と、立候補で選ばれた相手だ。
もともと、その子は、クラスを仕切るようなやつで、いつも欠点のない笑顔を浮かべて、嫌味なく皆をまとめていた。
一つの机に置かれた何枚ものプリントに目を落として、溜息を吐く。
なるべく早く帰りたかった。録画していた映画が見たかったからだ。
だけど、個人的な都合で責任放棄をするのは、自分のポリシーに反している。
担任に言いつけられた仕事は、学級会の予算と実際の収支をまとめるというものだった。社会勉強になるからと言って、ご丁寧に一台のパソコンまで渡されていた。
「私、一人で、やっておくよ」
「いや、分担して、さっさと終わらせる」
「ううん。一人でやっておくから」
「いいよ。二人で任されたことは二人でするべきだと思う」
どうして、そんな一人でやることにこだわるのかと疑問に思った。
もしかしたら、俺が帰りたいという態度を全面に出してしまっていたからだろうか。反省して、表情を緩めると、彼女は困ったように笑って、「分かったよ」と結局、折れた。
「金額を言ってく係と、エクセルに打ち出す係に分担するのがいいと思う」
「……そうだね」
「どっちがいい?」
「エクセル、かな」
早速、作業にとりかかる。
数字を、上から読み上げていく。だけど、彼女の指は一向にキーボードを叩かない。不審に思って、画面をのぞき込んだ。
「エクセルのやり方が分からない?」
「そういうわけじゃないけど。……やっぱり、交代してもらってもいい?」
声に、いつもの張りがなかった。
彼女とは親しいわけではなかったけれど、いつも自信に溢れているような口調で話をしているような人だと認識していた。
頷いて、パソコンを自分の前に引き寄せる。彼女には、金額が書かれた紙を渡した。数字が読み上げられるのを待つ。数秒の後、頼りない声が隣からする。
「……4,6、5、円、ガムテープ」
すぐに打ち込んで、再び待つ。また、数秒後、数字が読み上げられるのかと思った
だけど、彼女は黙ったままだった。
「どうした?」
明らかに様子がおかしい。顔をあげて、彼女の方を見る。
そこで、思わず目を見張った。
彼女の顔からは血の気が引いている。唇をきつく結んで、プリントを凝視していた。それは、初めて見る彼女の表情だった。
「……やっぱり一人でやるから、帰ってよ」
「どうして」
何かを隠しているような気がした。同じ生き物だからこそ、働いた直観なのだろう。