終業式の日、帰宅すると、いつもいるはずの両親の姿がなかった。

その代わりに、テーブルの上に、置手紙がひとつ残されていた。

その手紙に視線を落としたら、帰り際に、校舎の玄関口に成山と木梨が二人で立っていたのを何故か思い出した。



 〈美也子が模試で一位になったから、お祝いに外食します。奈津子は、ちゃんと塾に行きなさい〉


生ごみ専用のごみ箱に、手紙をびりびりに破いて捨てる。


私も自分の頭がおかしいことは分かっている。

自分の神様を取られないように、皆を巻き込んでいる。だけど、頭がおかしいのは私だけじゃない。みんな、狂っている。巻き込まれる側も、木梨も、私の母親も父親も姉も、みんな。

人を傷つけるということがどういうことか分かっていない親の子だから、私は人を傷つけることを厭わないのだ。親のせいだ。正当化しても、ゆるされたい。

家族は、こんな稚拙な方法で私を仲間外れにする。



涙が出てきてしまう。

目元を擦りながら、携帯を鞄から取り出す。応援リーダーのグループトークの画面を開きメッセージを送る。


 〈ついに、夏休みだね。みんなで明日遊びに行かない?〉


すぐに既読がついて、賛成を示す返信がたくさんきた。男女で遊ぶのは、ヒエラルキーの上層部の特権だ。

私は、明日、打ち明けるだろう。ほんの少し正しくて、ほとんど嘘であることを。


―――“実はね、私、成山奏君のことが一年生の時からずっと好きなんだよね。”



みんな、驚くと思う。女子は、きっと応援してくれる。男子はどうだろうか。山田はショックを受けるかもしれないけれど、悪い方向にはいかないという勝算が私にはあった。



私が成山のことを好きだと分かれば、万が一、成山が木梨を気に掛けることになっても、その程度が増せば増すほど、木梨は私を慕う人間から嫌われる。

ヒエラルキーの上層部の人間が嫌えば、それは自然と下に浸透する。

私は、誰にもバレないように、木梨にも成山が好きだと言うつもりであった。私の神様をとるなと言う代わりに、好きだから応援してほしい、と恋の常套句をつかう。そうすれば、木梨はもう成山を頼れない。


成山が木梨を救おうとすればするほど、木梨は絶望に近づいてゆく。

完璧なシナリオだった。



泣きながら、携帯を閉じる。どうして自分が泣いているのか、分からなかった。



“大丈夫、待つよ。”

何度思い出しても、私はその言葉に救われてしまう。

あの言葉をくれたときの成山の表情と、言葉が放たれた瞬間の優しさだけが、今もなお輝いている。


それだけで、私の世界は、まわっている。