【奈津子】



 自分を救ってくれた存在のことを神様だと言うのならば、成山奏は、間違いなく、私の神様だった。


 すらりと伸びた背筋やきりっとした表情は、彼のなれ合わないスタンスにあっていた。他人からの干渉を拒んで、いつも凛としている。

スクールカーストのどこにも属さずに、彼は自分の意思で、浮いている。自分の正しいと思うことをする。だけど、うんざりするほど真面目なわけでもない。

彼には彼だけの世界がある。

私の神様の世界だ。




「なっちゃん、次、移動教室だよ。行こうよ」


 突然かけられた声に、自分の席で黙々と鉛筆をノートに走らせていた成山から慌てて目を逸らして頷く。


「理科?」

「実験だって。あ、なっちゃん! 今回私たち、同じペアだよ」

「えー、ずるーい。私もなっちゃんと同じがよかった」


控えめな苦笑いを零して、首を横に振る。


「でも、私、実験とか苦手だよー?」


核心を遠ざけて、へりくだれば嫌味がない。分かっているから、やる。


理科室に入ると、先に来ていたクラスメイトが、横目で私たちを見た。表情に怯えが混じる。さきほどまで盛り上がっていたはずだ。廊下まで声が漏れていた。

だけど、私たちが理科室に入った途端、その声は急に萎まって、理科室は彼女たちの場所ではなくなる。そういう変化に、私はとても敏感だった。


だからこそのことなんだと思う。

スクールカースト。それが堂々と蔓延るような世界だ。私は甘んじて、その世界を受け入れている。

三角形の頂点に腰かけて、微笑みを浮かべている。


昔から、人の感情や言葉の輪郭をとらえることが得意だった。

相手が何を求めていて、何に傷つけられるのかは、大抵分かる。

どうすれば相手よりも優位に立てるのか、どうすれば好意をもってもらえるのか、いつの間にか、なんとなく理解できるようになった。

これは、もしかしたら、ある意味での才能なのかもしれない。そのおかげで、学校という小さな箱庭の中で、私は容易くカースト制度のトップに居座り続けることができている。