「あんた、何よ」

「よう」

「寒すぎる」

「俺も寒いよ」


 暗闇に、ぽつぽつと控えめな街灯の光が落ちていた。


美也子はスウェットの上にコートを羽織ったセンスのない格好で俺の前に現れた。

日中に起きたことを少しも感じさせないようないつも通りの口調で、『こんな時間に呼び出すな』や『慰めてくれなくていい』などと文句を垂らした。そして、案の定、私は大丈夫だと言った。


「俺が大丈夫じゃないんだよ」

「宗の都合じゃん」

「うん。俺の都合」


俺と美也子は住んでいるところから公園まで歩いた。

ブランコに彼女を座らせる。俺はそのまわりの柵に腰かけた。

背中に背負っていたアコースティックギターをケースから出して膝の上にのせる。

指先が、寒さで悴んでいた。

冬の澄んだ空気の中で、俺の生み出した音がクリアに響く。


「宗、寒いんだけど」

「たまにはいいだろ。極寒弾き語りコンサート」

「観客、私だけだよ」

「実は、お前の横にもう一人いるから」


美也子がぎょっとした顔をして、勢いよく隣に顔を向けた。そして誰もいないことを確認した後、俺のことをきつく睨む。夜の公園で、幽霊の話題はNGだったことを忘れていた。


「何が聴きたい」

「おまかせする」

「分かった」


元気が出るようなアップテンポの曲を無理に選ぶつもりはなかった。


美也子に聞いてほしい曲を歌う。泣きたかったら泣けばいいし、笑いたかったら笑えばいい。

俺しかいないこの公園では、ありのままの美也子でいてほしかった。


 ビートルズのア・ディ・イン・ザ・ラブを歌って、そのまま、レット・イット・ビーにうつる。美也子が俺の声に合わせて、口ずさんでいた。

彼女は泣いても笑ってもいなかった。
静かに目を閉じて、唇だけを小さく震わせていた。

 ブランコが揺れている。

“身をゆだねなよ”、と、下手くそな発音で英語の歌詞をなぞりながら、もう二度と彼女が何かの犠牲にはなりませんように、と俺は全く別のことを考えている。

歌い終えて、次は美也子の好きなオアシスのワンダーウォールを弾き語る。

美也子は、ブランコを漕ぎながら、ずっと目を閉じていた。