【宗】


 シーアンドナインスから、イーマイナーセブンスオンビーから、エーセブンスサスフォーで、着地点はジー。

 言葉にすると呪文のようなこのコード進行は、音にすれば魔法に変わる。

プロローグにもエピローグにもなるような音の流れだ。

俺はこのコード進行がとても好きで、好きな女に片思いをしている時の気持ちを歌った特別な曲の入りだしにも使った。


 ベッドの上で胡坐をかきながら、ギター片手に思いつくままに口ずさんでいるとき、世界の束縛の全てから解放されているような気になれる。

ビートルズのヘイ・ジュード、イーグルスのデスペラード、クイーンのサムバディ・トゥ・ラブ、エトセトラ。この世界は名曲で溢れていて、俺はただその亡骸に触れて夢を見るだけなのだけれど。

後世に自分の生み出した音楽が残るなんて、それほど名誉なことはない。それができる人は、本当にほんの一握りなのだ。



「あんた! ギターは九時までだよ!」


階段の下から、母親が大きな声で俺に言う。

午後九時までに、もう残り数分しか残されていない。

弦を弾く。部活で練習中のバンドの曲のワンフレーズをなぞった。


ギターを弾いて歌っている時、俺は間違いなく一番の幸福を感じている。

ただ、その幸福に虚しさを覚えることもある。これは自分しか満たさない幸福で、人に何かを与えるものではない。

俺はプロのミュージシャンになりたいわけではなかった。それなのに、生活の半分以上をギターを弾き歌うことに費やしている。こんなことに意味があるのか、時々途轍もなく不安になる。

音楽が自分を満たした分だけ、虚しい気持ちも抱くようになった。

俺の中で、趣味というものはそういうものだった。



『学校祭のライブ、よかったね。生きてるーって感じで』


 頭がいいくせに、いつも適当なことばかり言って笑うやつだった。

午後九時を過ぎてしまい、ギターを鳴らす手を止める。

頭の中で、あいつの顔が浮かんでいた。胸の痛さを、もう、ずっと、誤魔化すことができないでいる。