【空】



「柚ちゃんと別れたって、マジ?」


永に、彼女との破局の真意を何気なく問うと、彼はシューズの靴ひもを結ぶ手を止めて、驚いたような顔をした。


目の下には、くっきりとクマが浮かんでいる。

最近の永は少し様子がおかしい。



「それ誰に聞いたの?」

「いや、察したというか、なんというか」

 永が再び足元に目を落として、靴ひもをきつく縛り立ち上がった。


「別れたよ。少し前に」


平然と答えた永に、今度は俺が驚いてしまう。


普段、俺たちは恋愛の話をあまりしないけれど、それでも、永が柚ちゃんのことがとても好きだったことを、俺は知っていた。携帯のロック画面を、自分と柚ちゃんのツーショットにしているくらいなのだから。


「なんで?」

「冷めたから」

「マジ?」

「うん。マジ」


未練を何一つ感じさせないようなすっきりとした表情を向けられる。

永の携帯のロック画面は今何なのだろうか。

 

俺は、永ほどに感情の読めない人間を今まで見たことがない。様子がおかしいことは分かるのに、それがどういった具合でおかしいのかは分からないのだ。

永は、嬉しいのか悲しいのか読めないような表情ばかりを持った男だ。


もう、すっかりと過去になった秋のある日。

体育館の壁にボールがぶつかる大きな音が、未だに俺の鼓膜にこびりついている。

あの時、体育館は、負の感情で充満していた。


だけど、あれから俺たちのチームは少しずついい方向へと変わっていったように思う。

俺も、変われた気がしている。人は誰かの切実さに触れたとき、自堕落な自分を恥じる生き物なのかもしれない。つまらない意地とプライドを他人にほとんど殺されて、最後は自分でとどめを刺した。

そのあとに残ったのは、確かな爽快感だけだった。