青山さんは、まだ部室に残るようようだったので、もう特に何もすることのない私と七海は先に帰ることにする。

七海は、帰宅する前に下駄箱にバスケットシューズを置いていくのが常らしく、「ちょっとここで待っていて」と速やかに部室から出ていった。


突然、青山さんと部室で二人きりとなってしまう。遠ざかる七海の足音を聞きながら、「行ってしまいましたね」と青山さんに言ったら、「ましたね」と彼は答えた。
 

一見すると、今、この空間には何の問題もない穏やかな空気が流れている。だけど、正直なところ、私は青山さんと二人きりになるのが苦手だ。

未だに慣れないのだ。

七海がいたお陰で、肩の力を抜いて接することができていたものの、急に二人にされると緊張してしまう。遠かった距離を縮めたのは私なのに、いざ、近づいたら戸惑いが大きくなる。

青山さんとは、私にとってそういう存在なのだ。

部室の隅で、腕を組みながら只管、七海が戻ってくるのを待っていたら、「林」と青山さんに名前を呼ばれた。


「最近、蜂蜜レモン作ってくれないよな。部費余ってるのに、どうして?」

「……あ、れは、もう止めました」

「そっか。どうして止めたの?」

「……すみません」

「いや、俺に謝ることじゃないよ。あとさ、一個だけ聞いていい?」

「なんですか?」


 青山さんは、じっと私を見ていた。隠されたものを探すような眼差しであるように感じた。

もしかしたら、すべて見透かされているのではないか。急にそう思って怖くなった。しばらく何も言葉を発しなかった青山さんに、首を傾げたら、ようやく彼は唇を開いた。


「君、林円花にはいつ戻るの」


まさかそんなことを言われるとは思いもしなくて、目を見開いて口を開けることしかできなかった。そのタイミングで、見計らったかのように七海が部室に戻ってくる。

どういう意味ですか、と青山さんに聞くタイミングは完全に失われてしまった。