【七海】
この世界に人が恋に落ちる音があるとするなら、俺のは、フリースローの静けさの中でなったゴールネットのシュバッ、という音だ。
美しいゴールを決めて、汗を拭う。その姿から目を離せなくなった。中学一年生の、まだ声変わりもしていなかったあの瞬間に、俺は自分の初恋を自覚した。
『いつからバスケやってんの?』
『小学一年生のときから』
『好きなの?』
『当たり前じゃん』
『どうしてそんなに上手なんだよ』
『天才だから? ……なんてね、好きで好きで仕方ないからだよ』
照れくさそうに笑う顔も好きだと思った。
コートの中で獣のように尖る目つきにも惹かれていた。
何よりも彼女のプレーが好きで、才能に恋をしていた。
冗談を言い合い、笑い合えるような関係になるのには少し時間がかかった。
別に彼女と付き合いたいと思っていたわけではなかった。
ただ、彼女にはずっと、好きで好きで仕方がないというバスケをしていてほしかった。シュートを打った後の指先とか、フェイントをかけるときの身体の動きとか、奇想天外なパスを繰り出すときに少し上がる口角とか、そういうものをずっと見ていたかったのだ。
俺は、林円花がバスケをしている姿に、いつまでも惹かれていたかったのだと思う。
「お前、昨日何してた?」
練習着に着替えて、体育館の入り口をくぐると、そこには仁王立ちをしたキャプテンの空さんがいた。開口一番のセリフに眉をよせる。嫌な予感がして、目を逸らした。
「病院って言いませんでしたっけ」
「産婦人科?」
「は?」
何が言いたいのか分からなかったけれど、その言葉に悪意があることは理解した。
空さんは感じの悪い笑みを浮かべて、ジャージのポケットに手を突っ込んでいた。