「他のマネさんがいねーんだもん」
「うん」
「……どこにいるの?」
「先輩たちと部室にいると思う」
「……なるほど。そっか」
七海の分かりやすく明るい相槌は、不透明な余韻を生み、私の鼓膜にこびりついた。
七海が声をかけてくれるまで、部員の水筒を一人で洗っていたけれど、本来なら他のマネージャーと協力するべきことだ。私と他のマネージャーの関係が良好ではないことは、七海も気づいていると思う。
止めどなく水の溢れる蛇口をしめて、「気にしてないよ」と努めて明るく言ったけれど、七海は黙って目を細めるだけで、返事をしてはくれなかった。
洗い物をすべて終わらせて、洗濯の作業に移る。洗濯機の中で泡と共にまわるカラフルなゼッケンを眺めながら、七海と他愛もない話をしていた。
洗濯が終わり、二人で部室に戻る頃には、すでにほとんどの人が帰ったあとみたいだった。
「マネの仕事終わったら、自主練付き合ってもらおうと思ったのになー」と七海は残念そうに頭をかいて、濡れたゼッケンを隣で振り回していた。
もう誰もいないのかと思っていたけれど、部室の扉の隙間からは暖色の光が漏れ出ていて、部員の誰かは残っているようだ。
こころさんとりかさんではありませんように。七海の隣を歩きながら願う。
私よりも一つ学年が上で、共にマネージャーをしている二人の顔を頭の中で浮かべると、憂鬱になる。会いたくなかった。七海に仲の悪さがすでに知られていたとしても、実際にその様子を見られることは避けたい。
そもそも選手に変な気を遣わせるマネージャーは最低だ。
恐る恐る扉の隙間から部室を覗く。そこには、二人の姿はなくて、副キャプテンの青山さんがいるだけだった。安堵していたら、私の頭に顎を乗せるような体勢で七海も部室の中を覗いた。汗臭い、と思いながら、避けるように部室の中に入る。
「あ、人来たから、一旦切る。また夜にかける。……わかった。二十二時ごろに。うん。じゃあ、またあとで」
どうやら青山さんは誰かと電話をしていたみたいだ。
慌てたように切り、冗談めかして笑いながら、私たちに向かって「邪魔するなよ」と言う。
「彼女っすか?」
「うん、そうだよ」
「こそこそ部室に残って電話してんだ。やらしいっすね」
「どこがだよ。そういうお前と林マネもこんな時間まで二人とは、さぞ仲良しなことで」
「俺たちはそういうんじゃないっすから」
青山さんの反撃に私と七海はどちらも苦笑いを浮かべた。
すると、青山さんは私たちの方に突然近づいてきた。
何だ、と身構える隙もなく、彼は手を伸ばし私の抱えていたゼッケンのうちの一枚を取った。そのまま、ゼッケンを部室につるしてあるロープにかける。
どうやら、洗濯物を干すのを手伝ってくれるらしかった。
「ありがとうございます」
「いーえ。三人いれば、すぐだから」
三人という言葉を強調したような青山さんの言い方に、居たたまれない気持ちになりながらも、一度抱えていたゼッケンを椅子の上に置いて、一枚一枚干していく。
青山さんの言う通り、三人でやればあっという間に干し終わって、マネージャーの仕事はすべて終わった。