「それで、決められそうなのか?」

「……分からないです」

「そうかそうか。悩めよ、若いんだから。でもな、残念ながら、過去には何もないかもしれないけどな。でも、安心しろよ。未来にも何もないから」

「夢がないこと言わないでくださいよ」

「何でだよ。夢ありまくりだろ。何もないって言うのは、無敵だ」



相沢先生はそう言って、腕を組んでコートの中へと入っていた。

怖い顔に戻り、集合!と声をかける。後輩たちが、先生の周りに集まっていく。皆、真剣な表情を浮かべていた。



あの頃に戻りたいのかと言われると、もう力強く頷くことなどできないと気づいた。

懐かしいとは思う。それでも、そこから尾を引くような、いわゆる未練というものがない。


「……無敵」


魔法の言葉だと思った。何度も心の中で唱えてみる。

これからどうするのか、やっぱり分からないままだけど、先生に言われたことは、すべて自分の心の真上に降りてきていた。

しばらく練習を見ていたら、汗だくの七海が私の元へと戻ってくる。


「どうだった?」

「どうもこうもだけど」

「けど?」

「……ありがとう」


頷いた七海から、汗のしずくが落ちていった。眩しい照明のおかげで光る。

汗の煌めきが好きだ。

ただ、その光が私の未来に必要なのかどうかは分からなかった。





汗臭い七海の隣を歩いている。

今日も十字交差点のところで私たちは別れる。だけど、今日は、この前とは違って、私が七海を呼び止めた。

七海は反射のように、振り向いて歩道橋の階段を数段上った私を見上げる。

私は、相沢先生の言葉を七海にも知ってほしかった。


「無敵かもしれない」

 未来には何もない。それは、絶望するようなことではないらしい。

「そうだといいな」

 七海は大きく手を振り、また私に背を向けた。

今、この瞬間だけ私は途轍もなく満たされていた。

それでいいような気もしていた。

だけど、夜空には星はなく、分厚い雲が一面を覆っていた。