『私たちが引退した直後の新人戦で、膝の前十字靭帯損傷したんだって』
前十字靭帯損傷。
バスケットボールという競技において、たびたび耳にする怪我の名前だ。選手生命を左右するような大きな怪我であることは確かだった。
それでも、納得ができなかった。手術をして、リハビリを頑張れば、多くの場合は、選手として復帰できるような怪我だからだ。そんな怪我ごときで、なんて言い方はよくないのかもしれない。それでも、たかがそんな怪我ごときで、諦めるなんてどうかしていると思ってしまった。
天才を挫くのが、もう一度プレーできる可能性が大いにある前十字靭帯損傷であるなんて冗談ではない。
「晴香?」
有紗に呼ばれて、ハッとする。どう有紗に言葉を返していいのか分からなかった。
「……どうしてなんだろうね」
そのとき丁度、休憩時間の終了を知らせるタイマーブザーがコートに鳴り響く。有紗と私は、立ち上がって顧問のところへと向かう。
駆け足をしながら、最後にもう一度だけ彼女の姿を瞳に映す。
記憶が蘇る。円花、と試合中に呼ぶと、鋭い輝きを潜めた表情で頷いて、彼女は私にパスをする。スリーポイントラインの外側、ゼロ度の場所に私はいる。円花からボールを受け取り、シュートを放つ。ボールは緩やかな弧を描いて、リングの中に吸い込まれていく。それを見届けた後に、彼女と目を合わせると、彼女は満足そうに笑って私に向かってグーサインを作るのだ。
この世界には、才能のあるものとないものがいる。
彼女は間違いなく前者だった。
どうして、と私は自分がバスケをしている限り、永遠に思うのだろう。あなたは天才なんだよ、と私の代わりに誰かが言うべきタイミングで彼女に伝えてほしかった。いや、私が言えばよかったのだ。
彼女には、りかやこころとは交わらない世界にいてほしかった。
ここは、バスケの神様にも見つけてもらえないようなつまらない場所だ。
隣のコートの端にいる彼女は、あの頃の林円花ではない。
真剣にリングを見据えることも、美しいシュートを放つこともない。ぴん、と伸びていた背筋は丸まり、短かった髪はすっかりと長くなった。
「じゃあ、スクエアパスやるぞー」
顧問の声に、「はいっ」と威勢よく返事をして、コートの中へと入る。
私には彼女ほどの才能はない。それでも、バスケが好きだ。バスケが好きな自分のことも好きだ。彼女もきっとそうだったはずなのだ。
『先輩はゼロ度の天才ですね』
彼女の言葉は今も私の中にずっと残っている。
いつの間にかお守りのようなものになっていた。それなのに、その言葉をくれた本人は何にも守られていないように見える。
彼女が才能を見捨てたのか、才能が彼女を見捨てたのか、どちらが先であるのかは定かではないけれど、私は、彼女の才能を諦めることがいまだにできないでいる。
それだけは確かだった。