【晴香】
『先輩は、ゼロ度の天才ですね』
バックボードに対しての角度がちょうど零になる。その位置からのシュートが、幼い頃から得意だった。ボールがバックボードに掠ることなく、リングに吸い寄せられていく様を、伸ばした指先越しに見ている時の爽快感が好きだ。
その角度からのシュートが成功すると、私には決まって思い出すことがある。
中学三年生の初夏の記憶だ。体育館の片隅で、そのとき一緒にシュート練習をしていた後輩に言われた言葉が鼓膜に未だに住み着いている。
屈託のない笑顔と共に放たれた真っすぐな言葉に、私はあの時、なぜか澄ました顔をしてしまった。
私がゼロ度の天才なら、あなたはバスケットボールという競技そのものの天才だ。そう思ったけれど、照れ臭くて言えなかった。だけど、伝えておくべきだったのだ。
彼女の目を見て、恥ずかしくてもちゃんと言えばよかった。
それで何かが変わったわけではないだろうけど、体育館で彼女の姿を見る度に、私はあの日に戻りたくなる。
「まじで浮いてるよね、あの子」
部活の休憩中、隣のコートをぼんやりと見ていたら、チームメイトの有紗がタオルで額を拭いながら話しかけてきた。
コートから有紗に視線を移す。
彼女は、じっとある方向に目を向けて苦笑いを浮かべていた。彼女の視線の先には、たった一人で水筒の中に飲料水を補充している女の子がいる。それは、今までに何度も見てきた光景だった。
「……浮いてるねえ」
浮いていると言うよりも、仲間外れにされていると言った方が正しいのだろう。
部活の最中はいつも一人でマネージャーの仕事をしている。女子バスケ部と男子バスケ部のコートは隣同士なので、ついつい男子バスケ部の方に目が行ってしまう。
「りか、あの子のことめちゃくちゃウザいって言ってた。確かにウザそうだよね。なんか無愛想じゃない? 生意気そうだし」
知りもしないのに、よくそんなにも生き生きと悪口が言えるものだと感心してしまう。どうせ、言ったことも休憩が終わればすぐに忘れるのだ。人間がそういう生き物であることは、一七年間も生きていれば、なんとなく分かっていた。