【柚】



 遠くの方から、こちらに向かって歩いてきている二人組が見えた。


 大きな川の橋の上で、私は深呼吸を繰り返していた。橋に背中を預けて、空を仰ぎ見る。夜の深い紺色は、もうすぐそこまできていた。

彼と目を合わせたときに、自分の中でどういう感情が生まれるのかは分からなかった。ただ、聞きたいことがある。

彼に聞いてほしいことも、たくさんあるのだ。



 足音が近づいてくる。

顔を俯かせて、私も彼らの方へと向かう。


薄暗い空気を、深く深く肺につめる。


記憶の中ではあやふやになってきていた彼の顔は、瞳におさめれば、はっきりとした輪郭が蘇った。

私は、彼らの前で立ち止まり、顔をあげた。

 

その刹那、ひゅ、と息を吞むような音を鼓膜はゆらした。

目を見開いている。

その人の隣で得意げに口角をあげている男の人に、私は頭を下げた。



「空くん、柚です。連れてきてくれてありがとう」


 空くんと直接会うのは初めてだった。

予想の通り、夏の大会の写真で彼と腕を組んでいたのはこの人だったみたいだ。


「うん。連れてきたよ、柚ちゃん」


 彼に視線をずらす。

何が起きているのか分かっていないというような表情で、ぽかんとしたまま突っ立っている。



「空、散歩に付き合えって、」


 空君が、呆然とする彼の肩を軽く叩いた。


「うん、嘘ついた。あのさ、お前は何があっても俺には大丈夫としか言わないし、頼りない俺だから、ずっと仕方がないと思っていた。無理に関わる気も最初はなかったよ。でも、俺だって、やっぱりお前の力になりたい。どうしようもないときに目覚めさせてくれたのはお前だから。俺も、あの頃よりは色々なことを見極められるようになったんだよ」


 そう言って、空君は私たちに背を向けて、来た道を一人で戻っていった。