【風馬】



「ディナーって言っておいて、中華料理はちょっと違うだろ」


 カシオペアでのアルバイトを終え、歯が浮くような台詞を残して走り去っていった女子高生を抜いて、大学生三人での晩餐だ。

俺たちの行きつけの中華料理屋にいる。油臭くて、シューシュー、と何かを炒める音が絶え間なく響いているこの空間が、俺はわりと好きだった。



「柚ちゃん、Sに何したんだろうな」

「それ思った。いつから?」

「分からないけど、この前、二人で真剣な顔して砂をかけ合っているのは見た」


 俺の言葉に、君島は飲んでいた水を拭きだした。そんなに驚くことではないだろう。汚いなと思いながら、急いで濡れた机をおしぼりで拭く。


「“くそ柚”だってよ。あいつ、可愛いよなあ」

「な。可愛かった。柚ちゃんも、頑張ったんだろうな。彼女、したたかになったよな」

「それに、最近生き生きしているって思うのは私の気のせい?」

「いや、たぶん、気のせいじゃないと思うよ」


 本当のことを言うと、聡が柚ちゃんを嫌うようになったきっかけを俺は知っていた。聡が怒っていたことも、その怒りをどう処理すればいいのか分からずにいたことも、いつの間にか引っ込みがつかなくなったことも、なんとなく感づいていた。

だけど、柚ちゃんには言うつもりがなかった。

聡の怒りは、彼女が自分で気づくべきだと思ったからだ。

その選択が正しいものなのかどうかは、今も分からない。それでも、結果的に、言わなくてよかったと思う。



「お前、決めたの?」


 メニューから顔をあげた太一に頷く。


「ラーメンセット」

「じゃあ、私は炒飯セット。太一も、それでいいでしょ」

「いや、回鍋肉定食とラーメンセットと炒飯セットで迷ってるんだけど」


 太一が眉を寄せている。

お腹がすいて仕方がなかったので、呼び鈴を押した。店員がくると、結局、太一は選択肢にも含まれていなかった麻婆ナス定食を頼んでいた。