「私ね、柚っていう名前があるから。くそばばあよりは、くそ柚のほうが嬉しい」
「知らねえ。くそばばあ」
二人で砂場に戻る。
それからはもう、お互いに話すことはなかったけれど、カシオペアの閉館時間になるまで、私と聡君はずっと傍にいた。
そうやって自分なりに聡くんとぶつかることができたのは、それを許容して、他の子どもたちの面倒を見てくれていた先輩たちのおかげでもあった。
しばらくは、そういう日々が続いていた。
わだかまりの原因がはっきりとした日から、カシオペアで聡くんと話す時間を必ず作るようにした。
そして、ある日、とうとう聡くんが言ったのだった。
帰り際に、「ばいばい」と、私が彼に向って手を振ったのことだった。
「くそ柚、うるせえ」
だめだ、泣いてしまう。
そう思った次の瞬間には、泣いていた。
去っていく聡君の背中が、ゆらゆらと、優しく揺れていた。
「柚ちゃん! どうして泣いてるのー? るかに話してよー」
児童養護施設に帰ろうとしていたるかちゃんが、私の顔を覗き込んでくる。
「柚ちゃんは、るかと同じように聡とも仲良くなれたから、嬉しくて泣いてるんだよ」
何も言えない私の代わりに、風馬先輩が答えてくれた。
子どもたちと同じ目線に立つ、彼らしい、偽りのない言葉だなと思った。
頷いて、涙を拭う。
るかちゃんに微笑みを向けると、彼女はホッとした表情を浮かべて、帰っていった。
私の最後の試合が、終わったのだ。
カシオペアをやめるまでは続くけれど、とりあえず一区切りついたような気がした。
向き合うことは、一人ではできない。双方の意思のもとでおこなわれる行為だ。
聡くんに、ありがとう、と言いたくなった。
砂を投げ合った日に、私はようやく彼のことを理解したいと心から思えたのだと思う。それで、彼が私と向き合うことにしてくれたから、私たちの関係がいい方向へと進んでいるのだと思う。
前までは、自分がこの場所で大切にしたいことが、何なのかかはっきりとは分からなかった。だけど、今なら少し分かる。
私は、相手と向き合う努力を惜しまずに、相手のことをできる限り尊重していたい。それが私の大切にしたいことだ。
悩みが、予感に変化する。そこから、小さな芽がでたような気がした。
カシオペアで働けてよかった。改めてそう思ったら、また、涙が溢れてきた。