【柚】
時間をかけて作り上げてきたものが、一瞬にして崩れ去ることがある。
「柚、今日は空いてる?」
「うーん」
「私と彼氏とその友達でボーリング行くから、柚もどうかなって」
「うーん」
「今、彼氏いないんでしょ?」
「いないけど、ごめん。行けない」
「どうしてよ」
「学童バイト」
「またそれー?」と、不服そうに唇をとがらせた友人に、手を振って教室を去る。廊下の窓から、生温かい風に乗って、色褪せた桜の花びらが中に入ってきた。
もう少しで、春が終わる。
半年ほど前に、長い間付き合っていた恋人と別れた。
中学一年の春に始まって、高校二年の秋まで続いていたので四年以上だ。
相手によって、突然、終わった。
大人になればいい思い出になるよと母親は慰めてくれた。
だけど私はまだ大人ではない。未だに別れたことには納得できていなかった。別れを告げられた時に生まれた感情に、拘束されたままだ。
それが、正しい未練であるのかは、彼と、もう一度顔を合わせてみないことには、判断できないと思う。
いつか、決着をつけなければならない。
だけど、決着のつけ時を、まだ掴めないでいる。
学校を出て、しばらく続く桜の並木道は、臼桜色から緑色に移り変わりつつある。私は、この並木道を歩くと、付き合っていた彼と、中学の頃にこっそりと二人乗りをしたことを、きまって思い出す。
シャワーのように降ってくる桜の花びらの下をくぐり抜け、二人で笑い合った眩しい過去がある。あの時の気持ちは何があっても変えられない。
私たちは、互いに思い合っていたはずなのだ。
記憶に嘘を吐くことはできなかった。
別れを告げられてから、連絡さえ一度もとっていなかった。高校が違うから、偶然会うこともない。電話は繋がらないし、SNSの全ての繋がりも絶たれていた。そんな状態で自分から会いにく強さも私にはなかった。
突然、白色が黒色に変わってしまったような世界の中にいる。
一番信頼していて、一番信頼されていると思っていた相手に、突然拒絶されたのだ。何をしてしまったんだろう。不確かな憶測だけが、膨らんでいく。
ただひとつ、私がはっきりと分かっていることは、話し合う機会や、関係を修復する余地を何一つ与えてもらえなかったということだけだった。