【奏】


 たなびく白い雲が、春の気配をまとっている。

季節は巡り、寒い冬をこえ、三月になっていた。


木梨はあれから、二週間ほど学校を休み、その後一度も俺たちの前に姿を見せることなく、転校した。

あの日から、誰も木梨の話をしようとはしない。お互いに、責めあうこともない。きっと、みんな、程度はどうであれ、自分の受け止めきれる分だけ、木梨の事件を受け止めようとしているのだろう。

俺は、せめて、そう思っていたかった。

 

三学期の終業式が終わり、その足で俺はある場所に向かっていた。

来年は、中学三年生になる。その前に、一つ、しておきたいことがあった。


 一駅分だけ電車に揺られて、ある高校へたどり着いた。

制服を着た人たちが、大勢いる。校門のところで、あたりを見渡す。



 どのくらい待っただろうか。かなりの時間、校門にいたような気がする。

 運動着に学ランを羽織った二人組が、俺の横を通り過ぎていった。



「ちょっと。すみません」


 見覚えのある顔を確認して、俺は急いで声をかけた。

二人組は足を止めて、俺を見た。


二人のうち、一人の目が僅かに大きくなる。俺のことを覚えていたようだった。



「どうして、ここにいる?」

「一度、会ったときの制服を覚えていて。その制服を着た人が駅にいたときに、尾行したんです。それで、この高校だと分かりました」


 我ながら、可笑しなことを言っている。一歩間違えれば、ストーカと同じだ。


「あなたと話がしたかったので、待ってました」

「そっか」


好意的なのかどうかよく分からない相槌を打たれた。心臓は震えていた。自分がひどく緊張しているのが分かった。



「……俺と、話してくれませんか?」

「どうして」

「話しておきたいことがあります」

「急だな。……でも、いいよ。分かった」

「ありがとうございます」

「うん。てことで、七海、急遽だけど、林の誕生日プレゼントは、一人で選んで」

「えー、まじですか。最近、あいつ、ハンドメイドにはまってるし、そういう系にしたかったんすけど。一人で、そういう店入るの、結構恥ずかしいな」

「あ、すみません。だったら、俺が日を改めます」

「いや、いいよ。今日は、君と話す。七海には悪いけど」


 彼が、「悪いな」と軽く謝って手を振ると、七海と呼ばれていた男は苦笑いを浮かべて一人で去っていった。

背負っていたリュックには、バスケットボールの大きなマスコットが揺れていた。

毛糸で編まれたそれが遠ざかってゆくのを目で追っていたら、「行こうか」と言われたので頷く。