……それでも、彼は知らない。
あと十数秒もすれば月が降ってきて地球が終わることも。
彼は、紛れもなくこの箱庭の住人だから。
私がハルの未来を肯定しなければ、この箱庭はの幸せは崩壊してしまうから。
だから。
ありもしないハルとわたしの未来を、わたしは肯定しなければならない。
「……いや、なんて言うわけないよ。
わたしの好きなケーキ、選んでいいの?」
「もちろん!サキの好きなものを食べて、2人でお祝いしよう」
「っ、うん…っ、嬉しい…」
本当は。
わたしの幸せの定義をハルに押し付けるのが正解じゃないと、わかってる。
きっと、私が彼に対してしていることは、他人からすれば限りなく罪に近いものだろう。
彼にだって知る権利はあるはずだと糾弾するかもしれない。
でも、それでも、わたしは。
「ねえ、明日は晴れるかな?」
弾む声で私に訊ねてくるハル。
なんの曇りのない笑顔と優しい瞳の色。
願わくば、彼が、幸せの夢の中にずっといられますように。
わたしはあたかも明日の天気予報を確認するかのように、ポケットからスマートフォンを出して画面を見た。
最後の5分間、AIの自動操作によって人々のスマートフォンには地球消滅までのカウントダウンが表示されている。
真っ黒な背景に、無機質な白い数字だけが浮かぶ。
0:15
ごめんね、ハル。こんな独りよがりな愛し方しかできなくて。
わたしはそれでも、あなたの世界を守りたかったの。
たとえそれが、わたしのエゴだとしても。
スマートフォンから顔を上げて、ハルに笑かける。
ハルのティーカップは、いつのまにか底が見えていた。
「明日は、晴れだって。
…きっと、いいお出かけ日和になるよ」
窓ガラス越しに、紅色に煌めく尾を引いた月が見えた。
それは柔い春の風景からひどく浮いていて、またひどく幻想的だった。
ねえ、ハル。
わたしね、世界で一番、あなたのことを愛していたんだよ。
知らなかったでしょ?
わたしはゆっくりと、上から覆い被さるようにして、ハルを抱きしめた。
END.


