「ねえ、サキ。あのさ、」
ほんの一瞬、物思いに沈んだわたしの意識を引き上げたのは、ハルの少し緊張したような声だった。
わたしは視線を上げる。
「明日は、サキの誕生日だよね。
………久しぶりに、外に、出てみようと思うんだ」
時が、一瞬止まった気がした。
頭が、ハルの言葉を飲み込むのに苦労している。
だって、ハルが、家から出るって。
「外に出るのは、久しぶりだからサキに色々な面で普段以上に迷惑をかけると思う。
サキがね、それでもいいと言ってくれるなら……、
一緒にケーキを、買いに行かないかい?」
そう言って少し照れたように微笑む彼。
言葉を詰まらせたわたしの喉が、くぅ、と音を立てた。
ハルが、わたしのために、外に出てくれる。
ずっと、頑なに自分の世界から出なかったハルが。
胸の底がざわついて、様々な感情がぐちゃぐちゃに混じり合って苦しくなる。
嬉しい。うれしい、嬉しい。
嬉しくてどうしようもないのに。
悲しくて、それまでぐっと耐えていた涙の結界が縁からこぼれそうだった。
どうして、こんな時に、そんなこと言っちゃうかなあ。
もし。
地球めがけてやってくる天体なんて存在しなければ。
もし、天体の軌道が外れてくれたのなら。
もし、世界が消滅なんてしないのなら。
その、なんてことのない未来は、やってくるはずなのに。


