「そうだ、ハル。

実はそのドーナツね、あるものが使われているんだけど、何かわかる?」


「え、なにか変わったもの?」



「んー、どうでしょう。当ててみて。」



わたしの言葉に、大皿にいくつものせてあるドーナツを一つ手に取ってまじまじと観察しはじめるハル。



どうやら食べていて気付いてないようだったので、わたしの作戦は成功したと見える。



「ではハルくん。5秒以内に答えてくださーい。ごー、よーん、さーん…」

「え、まって、なんだろ。全然わかんない」

「……にーい、いーち、ぜろ。はい、答えられなかったハルの負け!」


「えぇ…」


「正解はー、ハルの苦手なニンジンでしたー」

「うそ!気づかなかった」




まさに驚愕、といったふうに手に持ったドーナツを見つめる。そして今度は恐る恐る口に運ぶ。


「……やっぱりニンジン感なくておいしい」


「よかった。これからは、ハルの苦手なものは全部ドーナツにすればいいってことだね」


「…できればドーナツはドーナツとして食べたいな」


ハルが、好物を嫌いになりたくないよ、と本当に困ったように眉毛をハの字にするのが可愛かった。




窓からのそよ風が、残り1/3ほどのハルのミルクティーから立ち上る淡い湯気を、ほのかに揺らす。




「ハル。そろそろ窓を閉めるね」

「え、もう?」




不思議そうな彼に曖昧に微笑んで、わたしはダイニングの窓を閉めた。


……「これから」なんて。

自分で発した茶番じみた言葉に軽く吐き気がする。


そんな未来なんて、もう来やしないのに。





地球滅亡の事実を知らせるべきか。わたしは今日この家に来る直前まで迷っていた。


迷って。

迷って。

迷って。


結局、わたしの出した答えは…。



自分の箱庭のなかで幸せの全てを完結しているハル。


そんな彼に最後の最後に絶望を与えるなんて、後悔を抱かせるなんて、わたしはしたくなかった。



最期まで、ハルはその幸せの中で生きていてほしい。





そう、思うのはわたしの傲慢なんだろうか。