11年前に滑落事故で両足を動かせなくなったハルは、この小さな平家に一人で住んでいる。




数年前にハルが祖父から譲り受けた土地と遺産で建てた、小さな平家。


車椅子の彼が生活しやすいようにバリアフリーで設計されたその家は、本が隙間なく並べられた背の低い本棚が、部屋中の壁に沿って置いてある。

家の周囲はぐるりとソメイヨシノ木が植えられており、ハルの家具の趣味や少しメルヘンチックな外観も相まって、なんだか森の中の図書室にいるみたいだと、いつも思う。






祖父が亡くなったとき、彼はその莫大な遺産の使い道をこの家を建てることに決めていたらしい。




この家には、テレビがない。
電話も、インターネットなんてもってのほか。


彼は外からの情報をすっかり遮断して、自分の好きなものだけに囲まれた城から全く外へ出なくなった。

きっと、この家を建てたのはそれが目的だったんだろうなと思う。


この家が完成したときに、一度だけ「ここまで徹底的に…」とハルに言い淀んだことがある。



「そうだね…僕は臆病だから。外が怖いんだ。」



怖い、という割に無表情で、彼の瞳はひどく冷たかった。

ああ、そうか。

世界が彼を見捨てたのではなく、彼が世界を見限ったのだ。

彼は、外の世界を必要としない。



それが、今の彼にとっての幸せ。