転生公女はバルコニー菜園に勤しむ

 嬉しさを感じるより先に反応したのは、お金のことだ。我ながら薄情だと思うが、貧乏国の性なのだから仕方ない。
 アークロイドは肩から力を抜き、背後に立っている従者の名を呼んだ。

「ルース」
「はっ」

 主の望むものがわかっていたように、ルースが備え付けのチェストの引き出しから封筒を取り出し、アークロイドに渡す。大きさはお年玉袋のように小さい。
 無言で封筒がテーブルに置かれるが、一体何が入っているのか、予想ができない。

(何か危ないもの……ではないわよね?)

 ごくりと喉を鳴らし、シャーリィはおそるおそる問いかけた。

「……これは何ですか?」

 戦々恐々とした反応しか返せず、ひたすら返事を待つ。そんな胸中を知ってか知らでか、アークロイドは口角を少し持ち上げ、得意げに言った。

「蕪の種だ。レファンヌ公国は温暖な気候だそうだな。それでも期間は短いが、冬はあるだろう? 寒い季節に食べる、ホクホクの野菜の甘みに興味はないか」
「ありますあります!」

 深く考えるより先に口走ってしまったが、後悔はない。すでに脳内は、ほかほかの湯気に包まれた蕪の温野菜が占めている。
 しかしながら、目の前の男は無情にも首を横に振った。

「……悪いが、これは無償ではあげられない」
「無償ではないということは……つまり、お金を取るんですか? いくら払えば譲っていただけるんです?」
「いや――取り引きをしないか」

 内緒話をするように、アークロイドが少し前屈みになる。つられてシャーリィも身を乗り出し、声の声量を落とす。

「取り引きですか……? 一体何を?」

 こそこそと話し合い、まるであくどい執政官に加担する付き人のような心持ちになってくる。良心との呵責を感じていると、アークロイドは真面目な顔で言い募った。

「そう難しいことじゃない。俺を雇わないか?」
「え?」
「俺を雇う気はないかと言ったんだ」
「……本気ですか?」
「当然だ。そうだな、これは例えばの話だが……俺を婿養子にすれば持参金もあるし、貿易の融通もきくし、人手不足の助っ人にフル参加してもいい」

 脳内でそろばんを弾く音がする。フリーズしたシャーリィに、たたみかけるように甘い誘惑が耳朶に吹き込まれる。

「俺と従者の二人分。将来、子どもができたら稼ぎが増えるぞ」
「――乗った!」
「契約成立だな」

 固い握手を交わし、輝かしい未来に思いを馳せる。
 蕪の種も手に入るし、何より優秀なブレーンが手に入るのだ。これ以上の条件はない。

「ご自分を安売りサービスみたいに売り込むアーク様もどうかと思いますが、生涯の伴侶をノリで即決する公女もどうなんだ……?」

 壁際で控えていた従者の小さなつぶやきは、盛り上がる彼らの耳には入らなかった。