曲がりなりにも、彼は皇子だ。レファンヌ公国とは違い、ちゃんと皇族として育てられた人のはずで。それがこんな庶民の真似事をするとは思っていなかった。
アークロイドは次のシーツをつかみ、シャーリィを見ずに素っ気なく答える。
「人手が足りていないんだろ。それに、やったことがないことを体験するのも、いい気晴らしになる」
「でも、これって結構、重労働ですよ」
「お前が楽しそうだったから。大変な仕事でも、本人が楽しそうなら、どんなものか気になるだろう。あと、暇なのも事実だからな」
そう言いながらも、次々にシーツをテキパキと干していく。無駄のない動きに呆けていたシャーリィだったが、負けるものかとスピードアップを図る。
そのおかげで取り崩せないかと思っていた山はどんどん小さくなり、あとは残る一枚だけとなっていた。
最後の一枚を干し終え、シャーリィは深々と頭を下げた。
「手伝ってくださって、ありがとうございます。いつもより早くに終わりました」
「いや、礼を言われるほどじゃない」
「そうだ。デザートは何がいいですか? お好きなものを用意します」
「……なんでもいい」
「そういう台詞が一番困るんですが」
素で答えると、アークロイドが目に見えてうろたえた。少し悩んだように間を置いた後、何か思いついたように口を開く。
「アップルパイが食べたい」
「……お好きなんですか?」
「パイは何でも好きだ。サクサクとした食感が好ましい」
口元をゆるめて言う様子から、噓でないことがわかる。本当に好きなのだろう。
これはぜひとも、料理長に伝えておかなければならない。顧客の満足度は宿全体の満足度につながる。リピート客ゲットのためにも、こうした小さい情報の積み重ねは重要だ。
「わかりました。手配します。三時に食堂にお越しください」
「……お前も食べに来るのか?」
「私はその時間、仕事なので。仕事が終わってから食べます」
答えると、なぜか微妙な顔をされた。返答を間違えただろうか。一抹の不安を抱えていると、アークロイドが困ったように眉を寄せて言う。
「お礼をする気があるのなら、お前も一緒に付き合え。男だけでデザートを食べるのは趣味じゃない。俺はいつでも大丈夫だから、お前の休憩時間に合わせる」
「…………ひょっとして気を遣ってくださってます?」
「ルースは甘いものが得意じゃない。どうせ食べるなら、一人より二人がいいと思っただけだ」
彼は早口でまくしたて、もしかして恥ずかしいのを隠しているだけなのでは、と勘ぐってしまう。
「今日は四時前に少しだけ時間が取れます。その時間でよろしければ」
「それでいい」
「では、食堂でお待ちしています。できたてをご用意しますね」
「……ああ」
自分の部屋に戻っていく彼の背中を見ながら、ふと思う。
(偉そうな人だと思っていたけど、実は優しい人なのかもしれない)
遠くから見守っていたのだろう。ルースの赤髪がアークロイドに近づく。護衛とも言っていたから、完全に一人きりになるのは難しいのかもしれない。
今、海の大国では皇位継承権で派閥争いが激化していると聞く。亡命のように、この国を訪れた彼はきっと皇位に興味がないのだろうと予想がつく。
一人っ子はさびしいと思うときも多いが、兄妹が多いのも考えものかもしれない。
せめてレファンヌ公国にいる間は、そうした心の負担が軽くなればいいと願わずにはいられなかった。
アークロイドは次のシーツをつかみ、シャーリィを見ずに素っ気なく答える。
「人手が足りていないんだろ。それに、やったことがないことを体験するのも、いい気晴らしになる」
「でも、これって結構、重労働ですよ」
「お前が楽しそうだったから。大変な仕事でも、本人が楽しそうなら、どんなものか気になるだろう。あと、暇なのも事実だからな」
そう言いながらも、次々にシーツをテキパキと干していく。無駄のない動きに呆けていたシャーリィだったが、負けるものかとスピードアップを図る。
そのおかげで取り崩せないかと思っていた山はどんどん小さくなり、あとは残る一枚だけとなっていた。
最後の一枚を干し終え、シャーリィは深々と頭を下げた。
「手伝ってくださって、ありがとうございます。いつもより早くに終わりました」
「いや、礼を言われるほどじゃない」
「そうだ。デザートは何がいいですか? お好きなものを用意します」
「……なんでもいい」
「そういう台詞が一番困るんですが」
素で答えると、アークロイドが目に見えてうろたえた。少し悩んだように間を置いた後、何か思いついたように口を開く。
「アップルパイが食べたい」
「……お好きなんですか?」
「パイは何でも好きだ。サクサクとした食感が好ましい」
口元をゆるめて言う様子から、噓でないことがわかる。本当に好きなのだろう。
これはぜひとも、料理長に伝えておかなければならない。顧客の満足度は宿全体の満足度につながる。リピート客ゲットのためにも、こうした小さい情報の積み重ねは重要だ。
「わかりました。手配します。三時に食堂にお越しください」
「……お前も食べに来るのか?」
「私はその時間、仕事なので。仕事が終わってから食べます」
答えると、なぜか微妙な顔をされた。返答を間違えただろうか。一抹の不安を抱えていると、アークロイドが困ったように眉を寄せて言う。
「お礼をする気があるのなら、お前も一緒に付き合え。男だけでデザートを食べるのは趣味じゃない。俺はいつでも大丈夫だから、お前の休憩時間に合わせる」
「…………ひょっとして気を遣ってくださってます?」
「ルースは甘いものが得意じゃない。どうせ食べるなら、一人より二人がいいと思っただけだ」
彼は早口でまくしたて、もしかして恥ずかしいのを隠しているだけなのでは、と勘ぐってしまう。
「今日は四時前に少しだけ時間が取れます。その時間でよろしければ」
「それでいい」
「では、食堂でお待ちしています。できたてをご用意しますね」
「……ああ」
自分の部屋に戻っていく彼の背中を見ながら、ふと思う。
(偉そうな人だと思っていたけど、実は優しい人なのかもしれない)
遠くから見守っていたのだろう。ルースの赤髪がアークロイドに近づく。護衛とも言っていたから、完全に一人きりになるのは難しいのかもしれない。
今、海の大国では皇位継承権で派閥争いが激化していると聞く。亡命のように、この国を訪れた彼はきっと皇位に興味がないのだろうと予想がつく。
一人っ子はさびしいと思うときも多いが、兄妹が多いのも考えものかもしれない。
せめてレファンヌ公国にいる間は、そうした心の負担が軽くなればいいと願わずにはいられなかった。



