転生公女はバルコニー菜園に勤しむ

 振り向かなくてもわかる。声変わりをしたはずなのに、男性にしては高い声。オレールだ。ここ数日、幼い顔立ちを武器に、シャーリィにつきまとっている男。

「オレール様もランチですか? 奇遇ですね」
「ええ。シャーリィ姫はクリームパスタですか。美味しそうですね」
「季節のパスタもございますよ」
「そうなのですか。これは悩みますね」

 二人の声を聞いているだけなのに、心が落ち着かない。平穏を脅かされそうな恐怖観念に迫られているようで息苦しい。
 もどかしい思いとともに息を吐き出して、コーヒーカップを傾ける。

(苦いな……)

 いつもならミルクを入れるところをブラックで飲んでしまい、眉間を険しくする。それに気づいたように、ルースが視界の端からミルクピッチャーを差し出した。
 無言のまま、ピッチャーを傾ける。黒い液体に白い渦が広がる。それを見つめ、カップの取っ手に指をかける。

「シャーリィ姫、それで僕の婿入りはいつになったら許可されるのでしょう?」

 あどけない笑顔とともに繰り出された質問に、聞き耳を立てていたアークロイドはコーヒーを噴き出しそうになった。
 シャーリィは背中を向けているため、表情はわからない。だが、動揺したような間はなく、すぐに返事の声が聞こえてくる。

「そこまでこの国を好きになってくださり、ありがとうございます。公女として、そのお気持ち、とても嬉しく思います」
「……僕は今月で十八歳になりました。見た目はどうにもなりませんが、トルヴァータ帝国では成人の歳です。どうぞ、僕の気持ちを受け入れてください」
「もったいないお言葉です。オレール様の伴侶となる方は幸せ者ですね」

 違う。そうじゃない。
 誰もがそう思う言葉をアークロイドは胸の中でつっこみ、コーヒーカップを置く。咳き込んでいた背中をルースが優しくさすってくれた。

「……つれない態度も素敵ですが、僕は諦めません」
「わたくしも影ながら応援しております」

 不憫なほどに、会話がかみ合っていない。だけど、どこかホッとしている自分もいた。

(このぶんなら、すぐに進展するとは考えにくいな)

 幸か不幸か、自分にはシャーリィの気を引く術が残っている。自分の優位性を再認識し、アークロイドはコーヒーを飲み干した。