通常客が宿泊する本館ではなく、その東側にある別館へ案内する。別館は特別なお客様用の場所で、寝室や応接間、リビングルームが揃った間取りになっている。
 最上階の部屋のドアを開け、二人を中に入れる。広々とした部屋はシーツ、ソファのクッション、壁のオブジェは青に統一している。
 窓の向こうにはバルコニーがあり、城下町が一望できる。
 山に囲まれた国では海は臨めない。壁にはきらきらと海面が輝く景色の絵画を飾っている。海の大国出身の彼らのために、少しでもくつろげるように青を取り入れたのだ。
 部屋を眺めていた皇子は、荷物を室内に運び込んだ従者を一瞥し、シャーリィに向き直る。

「そういえば、紹介がまだだったな。彼はルース。従者兼ボディーガードといったところだ。目つきは悪いが、いいやつだ。長く滞在する予定だから、まあ、よろしく頼む」
「承知しました。ルース様、よろしくお願いいたします」
「……ああ」

 言葉少なに返す様子からして、喋るのは苦手なのかもしれない。
 シャーリィはポケットからメモ帳とペンを取り出し、聞き取りの体勢になる。

「苦手な食材があれば伺います」
「……特にはないな。ルースも好き嫌いはない」
「左様でございますか」

 これなら料理長が献立に困ることはないだろう。滞在期間は長い。ゆくゆくは好みの味付けも把握しておきたいところだ。
 メモ帳を戻し、シャーリィは接客用スマイルを浮かべた。

「遠路でお疲れでしょう。公国自慢の温泉で、旅の疲れを癒やしてくださいませ」

 公国の観光資源は、良質な温泉だ。肩こり、筋肉痛、神経痛、疲労回復、腰痛など各種効能がある。軟らかな無色透明の温泉が主だが、美肌効果がある炭酸水素塩泉などもある。
 温度も調整しているので、ぬるいお湯から熱いお湯まで揃えている。
 異国の空気に少し緊張していたようだったアークロイドだが、部屋の雰囲気が気に入ったのか、いくぶん雰囲気が優しいものになっていた。

「俺たちの世話は、君が専属になるのか」
「いいえ」
「では、誰だ?」
「専属のスタッフはつきません。基本的にはセルフサービスになります」
「は……?」