転生公女はバルコニー菜園に勤しむ

 日が傾くまで、あと二時間という時間――シャーリィはベッドを抜け出し、いつものワンピースを頭からかぶっていた。
 忙しなく働くメイドたちを壁際から様子を窺い、誰もいなくなったところで、忍び足で先を急ぐ。運よく誰にも咎められることなく、宮殿を守る門までやってきた。
 しかし、門のそばには、自分の専属護衛の二人が待ち構えていた。いつもなら何の気負いもなく通り過ぎるだけの道が、今は閉ざされた鉄壁の門に見える。
 足がすくみそうになるのをこらえ、シャーリィは唇を真一文字に引き結ぶ。

(こういうのは考えたらだめよ。当たって砕けろって言うじゃない。何食わぬ顔で行けば、意外と何とかなるかもしれないし!)

 自分を鼓舞して一歩、足を踏み出す。彼らの背中がだいぶ近くなったところで、ツンツンと尖った灰色の短髪が振り返る。黒曜石の瞳が静かに瞬いた。
 時が止まったように、沈黙が二人の間に訪れる。
 フランツの横にいたミュゼが首を動かし、石像のように固まったシャーリィを見て、あ、と声をもらす。

「姫様……まだ休んでいなければ」
「う、うん。そうなんだけど……。ちょっとだけ」

 緊張で声がかすれてしまう。長くそばで見守ってきてくれた二人に命令はしたくない。
 平和的に通してもらえれば助かるが、彼らの職務上、それは望み薄だろう。けれども、ベッドの中で待つだけなんて、今のシャーリィには耐えられない。

(平熱まで下がったし、ご飯も食べて身体も動く。……ちょっとだけ様子を見たら、すぐに帰る。だから通してほしい……!)

 心の声が聞こえたのか、黙っていたミュゼが横にいた相棒に向き直る。

「フランツ。私、代わりの騎士を手配してくるから、姫様をお願い。姫様は私がお供しますので、そこで待っていてください!」
「え、ちょっ……」

 最後まで聞かずに、ミュゼは全力疾走で駆け抜け、すぐに背中が小さくなった。宮殿の横にある騎士宿舎に向かったのだろう。
 置いてきぼりをくらったシャーリィは、制止しようとした手を握りしめ、ゆっくり下ろした。その様子を無言で見ていたフランツが、着ていたマントをそっと肩にかけてくれる。
 弾かれるようにして顔を上げると、困ったようにそっぽを向かれた。しかし、続く言葉は優しさに満ちていた。

「……ミュゼは心配だったのですよ。本当はそばで護衛する立場でありながら、いつも見送ることしかできないことに胸を痛めていたんだと思います」

 普段は雑談を一切しないのに、気を遣ってくれているんだろう。ミュゼの代弁のような語り口だったが、本当はフランツの胸中も同じだったのかもしれない。

「そっか……。フランツにも心配をかけちゃった?」
「本音をこぼせば、ベッドに直行してほしいところです」
「……ごめんなさい」
「そう思うなら、早く戻ってきてください」
「ぜ、善処します」

 両手を握りしめて頷くと、フランツが仕方ないといったように小さく笑う。長く咲かない花が突然ほころんだような変化に、シャーリィは言葉が出てこない。

「姫様! お待たせしました。代わりの護衛騎士を連れてきましたので、一緒に行きましょう」

 二十代の騎士を後ろに連れたミュゼが、晴れ晴れとした笑顔で言った。シャーリィは二人の気遣いに、申し訳なさを感じながら眉を下げた。

「ミュゼ……悪いわね」
「本来の護衛の仕事ができるんですから、何も悪いことなんてないですよ。行くのは温泉宿ですか?」
「うん……」
「公女殿下。お早いお帰りをお待ちしております」

 フランツに見送られ、坂を下る。シャーリィの横にミュゼが並ぶのはいつ以来だろう。詫びの気持ちも強いが、ミュゼの顔を見ていると安心感のほうが上回る。

「あ、姫様。馬車から誰か降りてきますよ」
「え?」