転生公女はバルコニー菜園に勤しむ

 テオに事情を説明し、観光課までの使いっ走りを頼んだ後。
 おとなしく本館ロビーの隅で座って待っていると、アークロイドとともに現れたのは予想外の組み合わせだった。

「クラウス長官……オリーヴィアさんまで」

 フレームなしの眼鏡のふちを中指で押し上げて、クラウスが前に進み出る。

「話はテオから聞いた。今日はあいにく職員が全員出払っていて、大公夫妻も公務中だ。私もこれから視察で出向くことになっている」
「そうですよね……」

 こちらを見つめる視線が冷たい。説教の雰囲気がビシバシと伝わってくる。

(うう……特大の雷が落ちてきそう……)

 すうっと息を吸い込む音がして、思わず身体に力が入る。けれど、身構えるシャーリィにかけられた言葉は落ち着いたものだった。

「先ほど、アークロイド皇子と簡易テストを行ったのだが。結果、私はシャーリィの代役を頼むことにした」
「……え? でも彼は隣国の皇族ですよ? そんな人に頼んじゃっていいんですか!?」
「聞いたところ、彼の顔は民にそんなに知られていないそうだ。ならば、今日の代役での影響も少ないと判断した。それに、短い間に資料を隅々まで読み込む記憶力は大したものだ。隣国の皇子でなければ、スカウトしていた」
「……本気ですか?」
「ああ。彼は即戦力となる人材だ。私が保証しよう」

 鬼教官と言わしめた彼から高評価を得るとは、一体、何をしたのだろう。
 頭の中から疑問符が消えない。戸惑っていると、それまで後ろで控えていたオリーヴィアがシャーリィの横に腰かける。ふわりと花の香りがした。

「シャーリィ。熱があるのに、出てきちゃだめよ。私が付き添うから、今日はこのまま一緒に帰りましょう」

 艶のある声で言われ、同性なのにどぎまぎとしてしまう。

「ひ、一人で大丈夫ですよ。オリーヴィアさんだって仕事があるのに」
「何を言っているの。困っているときに助け合うのが仲間でしょ? いつ倒れるかわからない同僚を一人で帰せないわ。それに、あなたはこの国の大事な公女様なんだから。このくらい、当然でしょう?」

 お仕事モードの隙のない笑顔から一変、慈しむ母親のような微笑みが向けられ、今までせき止めていた思いがあふれだしそうになる。

「うう、オリーヴィアさぁん……」
「泣かないでよ。シャーリィのおかげで、娘の看病もできたのだから。そのお礼とでも思ってちょうだい」

 ただ熱を出すだけでなく、こんなに周囲の人を巻き込むような結果になって、本当に自分が情けない。それなのに、迷惑をかけた人たちが誰一人、文句を言わない。
 優しさの洪水におぼれそうだ。泣かないと決めていたのに、オリーヴィアの顔を見ていると、強がっていた心が解きほぐされていくのがわかる。
 ふと、アークロイドと目が合う。彼は任せろとでもいうように、小さく頷いた。シャーリィは目尻にたまった涙を指で拭い、そっと頷き返した。