転生公女はバルコニー菜園に勤しむ

 期待で胸が躍るシャーリィの興奮は、長くは続かなかった。

「……頭を抱えて、どうした?」

 アークロイドに詰め寄っていたシャーリィが、いきなりうなだれたからだろう。心配する声はひどく優しい。
 だが、無慈悲な現実を思い出したシャーリィに取り繕う余裕はない。

「……準備するのにもお金がかかりますよね……。輸入品だと、そのぶん高くなりますし」
「切実な悩みだな」
「世の中、お金がすべてです。うちは公女でさえ、ドレスを一着仕立てるのにも本当に今必要なのかと審議を重ねる国です」

 道楽にかけるお金は公費から出るわけがない。そして公女の稼いだお金は、温泉宿の運営資金にすべて寄付している。つまり、自由なお金はないに等しい。

「…………苦労しているんだな」
「身内のことは質素倹約がモットーなんです。当然でしょう?」

 どんよりと沈んだ声で答えると、アークロイドがため息をついた。

「わかった。だったら、交換条件というのはどうだ?」

 耳慣れない単語に、視線を上げる。不敵な笑みが目の前にあった。

「……交換条件、ですか?」
「俺が道具一式を用意する。お前が世話をして、無事に収穫できたら、俺にも食べさせてくれ」
「それって……あなたの利益が少なすぎませんか? 損しますよ」

 シャーリィにとっては夢のような話だが、アークロイドにはうま味が少ない。それを指摘すると、彼は肩をすくめた。

「実際、この国で大してやることもないしな。自分で育てるのは大変そうだが、横で見ているぶんなら負担にもならない。……別に失敗しても構わない。幸い、俺はお金には困っていないし」

 第六皇子とはいえ、海の大国の皇族だ。各皇子に分配される国家予算も、貧乏小国の比ではないだろう。

(私は何を迷う必要があるの……? こんな魅力的な話、そうそう転がっていない)

 このチャンスを逃したら、一生後悔することになるかもしれない。
 シャーリィは背筋を伸ばして指先を胸の下で揃え、顎を引き、斜め四十五度に頭を下げる。

「……初期投資の申し出、ありがたくお受けしたいと思います。何卒よろしくお願いいたします」
「ルース。そういうことだ。手配は頼んだぞ」
「御意」

 これが皇族の気まぐれでも、シャーリィにとっては神の慈悲に等しかった。