転生公女はバルコニー菜園に勤しむ

 新しい電球に付け替えながら、アークロイドは雑談を続ける。

「展望とか野心とか、そういうのはあるのかと思ってな」
「野心……ですか? 例えば?」
「国を大きくしたいとか」
「ああ、なるほど……。それなら、ひとつあります」
「なんだ?」

 アークロイドが慎重に脚立から降り、首をひねる。埃で汚れた手が目について、ハンカチを差し出すと、無言で受け取って手を拭く様子を見つめる。
 角張った大きな手なのに、きれいな指だなと思った。側仕えが身の回りの世話をすることが当たり前の皇族の手だ。水仕事もするシャーリィの手とは違う。
 返されたハンカチをぎゅっと握りしめ、目をつぶる。

 野望なら、ある。

 悔しさと思い焦がれた熱は、まだ心の中でくすぶっている。
 前世の記憶を思い出した、そのときから。

「新鮮な野菜が食べたいです」

 シャーリィが厳かに言うと、怪訝な顔をされた。

「野菜……? 野菜なら今でも食べているだろう」
「私が言っているのは、採れたての野菜のことです。みずみずしいミニトマト、ポリポリのきゅうり、シャキシャキの水菜! きっと美味しい……はずなんです!」

 身を乗り出して告げると、勢いに押されたのか、アークロイドが一歩後退する。

「そんなに食べたければ作ればいいだろ」
「この国は神に見放された土地なので、作物が育ちません。他国から持ってくるとしても、陸路は輸送時間がかかります。私の口に入る頃には新鮮さは失われています」
「…………」

 この国での食事を思い出したのか、同情的な視線を向けられる。シャーリィは視線をふかふかの絨毯が敷き詰められた床に落とし、悲壮感たっぷりの声で続ける。

「作物が根付かないんです。もう、どうしようもないでしょう?」
「……方法はまだあるぞ」
「やめてください。下手な慰めは余計に傷つくだけです」
「まあ聞け。畑が駄目でも、まだ方法は残っている。……鉢植えならどうだ?」
「え……」

 思いもよらない提案に顔を上げる。
 灰色の瞳は凪いだ海のように穏やかで、シャーリィはその瞳の奥にからかいの色がないことに気づいた。

「要するに土壌の相性がよくないんだろう。だったら、他国の土を持ってきて、鉢で栽培すれば採れたて野菜が食べられる」

 それは寝耳に水の言葉で。
 最初から無理だと諦めていたシャーリィの心を揺さぶるには十分だった。

「……アークロイド殿下。あなたって実は神の使いだったりします!?」
「しない。ちょっと落ち着け」
「これが落ち着いていられますか! なぜ、その発想にたどりつかなかったんでしょう! それなら私でも挑戦できるわ!」

 途中から素の言葉遣いになっていることに気づかないくらい、シャーリィは喜びで打ち震えた。絶対溶けない氷が突如割れたぐらいの衝撃だ。

(これで夢が叶う……!)

 手塩にかけた野菜を新鮮なうちに味わえる。なんと甘美な夢か。一度は諦めた未来が手に入るのだ。もう後悔を引きずる必要もない。