転生公女はバルコニー菜園に勤しむ

「公女殿下、おはようございます」

 宮殿の門を守る騎士二人が揃って敬礼をし、シャーリィは挨拶を返す。

「おはよう。フランツにミュゼ。今日もお勤めご苦労様です」
「姫様もご公務、お疲れさまです」

 フランツは二十二のまだ若い騎士で、雑談をほとんどしない、仕事に忠実な男だ。灰色の短髪に黒曜石と同じ瞳が瞬く。
 一方のミュゼは成人したばかりの女性騎士である。高く結い上げた菫色の髪が揺れ、桃色の瞳がきらきらと輝く。平均身長より高く、すらりとした手足で、フランツとの身長差は拳一個分だ。
 本来は二人とも、シャーリィの専属護衛が任務だが、庶民のように働く公女に護衛は不要だ。そのため、国賓や貴族を招くような社交の場を除き、護衛業務はお休みしてもらっている。

「昨日は工房の下見でしたよね? 何か、収穫はありましたか?」

 ミュゼが興味津々といったように質問を繰り出してくるので、シャーリィは笑みを深めた。

「ええ。ガラス工房での、吹きガラス体験はなかなか楽しかったわ。親方も乗り気だから、今度のツアーに組み込んでみようと思っているの」
「新たな客層を取り込めそうですね」
「渋る親方の説得には骨が折れたけど、私の熱意が伝わってよかったわ」

 レファンヌ公国の公都は、大小さまざまな工房が集まる職人の街でもある。観光業が主力産業だが、熟練の職人が作った工芸品はお土産としても人気が高い。
 国主体で行うツアーに参加するのは、ほとんどがリピート客だ。温泉宿とも提携したツアーは一番人気のため、リピート客を飽きさせない工夫が必要になる。

「ふふふ。今日も稼ぐわよー!」
「応援しております」

 騎士二人に見送られ、シャーリィは坂道をくだる。
 レファンヌ公国は、国民がおおらかな気質で、さらに護身術を身に付けることが義務になっているため、周辺諸国に比べて治安がよい。
 坂のすぐ下が温泉宿だ。今日の予定を思い浮かべながら、いつもより軽い足取りで自分の仕事場へと向かった。