流行り病で高熱を出し、生死をさまよった際、長い夢を見た。

 夢の中の自分は、異世界で暮らすアラサーの社会人だった。
 土日はフル出社が当たり前の業界で、休みはシフト制。会社と自宅を往復するだけの毎日で、平日の休みは友達と予定が合わず、無為に時間を過ごすだけで一日が終わる。
 休み明けは、テレオペレーターでクレーム処理に追われる日常が待っていた。
 待ち人数のモニターを見ながらマニュアル通りに言葉を重ね、マウスをクリック。またクリック。
 仕事の鬱憤が溜まる一方で、何の潤いもない日々に嫌気が差しながらも、転職する気力もない。機械的に与えられた業務をこなすだけ。
 数ヶ月ぶりに会った高校の友人には、亡霊かと思った、と言われる始末。

「ちょっ、マジでやばいって! 絵に描いたような、疲れ果てたアラサーだよ、あんた」
「そ、そう……?」
「ちゃんと食べてる? どんなに生きる気力がなくなっても、食事だけは抜いちゃだめだよ。一人暮らしが倒れたって、誰も助けてくれないんだから」

 両肩をガシッとつかまれ、鬼気迫る顔で言われたときは、いい友人に恵まれたなあ、と明後日なことを考えてしまった。
 クレーム処理では謝ることが当たり前で、慣れていたはずだったのに、やはり精神的に参っていたらしい。会社への苦情の受付は、いつしか自分の価値を否定されているように感じていた。事実、そうしたことが重荷になって、同期のほとんどが辞めていった。
 目の前には、自分をこんなに心配してくれる友人がいる。あ、なんか実感したら涙が出てきそう。

「……大丈夫。ちゃんと食べているから」
「とかいって、コンビニ弁当や菓子パンだけじゃ、栄養が偏るわよ?」
「……心を読んだ? いや、どこかで見てたの?」
「なわけあるか! どう見たって、その不健康そうな顔はまともなもの食べていないでしょうが!」

 ビシッと指を差され、なるほどと納得した。その日は健康によさそうな、品数の多いランチに連行されたのだった。