転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして

 
 と、エリザベートの言葉を皮切りに、ロベルト、ヘルベルト、マルレーネが口々にふんわりとした挨拶と共に頭を下げる。
 ギリ、と唇を噛むゼジルと扇子で口元を隠しながら目を左右に動かすラステラ。
 どうやらラステラが覚えていたのは、エリザベートとヘルベルトだけのようだ。
 他の二人……ロベルトとマルレーネのことは調べてもいなかったらしい。
 マルレーネは養女なので、ゼジルとはこのような公的な場で会ったことはないと言っていた。
 それなのにわざとらしく「お久しぶりです、殿下」と言ったのは、以前ホーホゥを取り戻しに無理やり押し入ってきた時ほんの少し顔を合わせた時を、揶揄って言っているに違いない。
 お主もなかなか悪よのぉ、とニヤッと見上げればニコッ、と天使のような微笑みで返される。

「……ぐっ……い、いや……お、お前が公爵家の者とはいえ、これまで散々そこのアーファリーズには屈辱の限りを尽くされてきたのだ! 今日という今日はそいつに“立場”というものをわからせてやる!」

 言ったーーーー!
 と、その場の誰もが思ったことだろう。
 このアホ王子、ついに言い切った。
 リズ、思わず半笑いになる。
 なぜならこれで情け容赦なくこのアホを叩きのめせるので。

「アーファリーズ・エーヴェルイン! 貴様は今日から私の護衛となるのだ! さもなくば貴様の姉、アリアリリィ・エーヴェルインを修道院に送ってやる! 貴様に拒否権はない!」

 シーーーーン、とリズも驚くほど会場内は静まり返った。
 突然名前の出たアリアは「え?」とばかりに周りを見回す。
 ラステラも微妙にゼジルの方を見て「ええ? 本当に言った……」みたいな表情をしている。

「……」
「……」

 エリザベートがあの無敵な笑顔を浮かべたまま、丸く開いた目だけで「びっくりした。まあ、これはわたくしの方で対応します?」とリズを見下ろす。
 しかしリズは首を横に振って見せた。
 国王陛下の許可もあることだし、ここで一つこのアホを捻り潰そうと思っていたのですが。

「それはなんの権限があって?」
「無論、この私の権限でだ!」
「そんな権限キミにないだろう? というかキミ、国王陛下からなにも聞いてないの?」
「なに?」
「キミ、今度ボクにそういうちょっかい出したら『ボクの好きにしていい』って言われてるんだよ? つまり、ボクとボクの家族、ボクの生徒にそういうつまんないちょっかいかけるようなら、今後はボクの裁量でキミをどうとでもしていいって許可、出てんの。陛下から」
「な……」

 聞いてない、なんてことはないはずだ。
 国王は「話はしたが、耳に入っているか、頭でちゃんと理解しているかの、その確証はない」と言っていたので。
 そういうのを引っくるめて、『聞いてない』というが……。

「聞いてないのなら、確認ておいでよ。そのくらいの猶予はあげる。ボク、キミたちと違って精神的にオトナだからね」

 ふふん、と下から見下してやれば、ゼジルとラステラはカーッと顔を赤くした。
 実にわかりやすい。
 だがここで、きちんと確認しておかなければ損をするのは彼らの方だ。
 冷静にリズの言葉を噛み砕けば、おいそれと口にできない『国王陛下の許可もある』という言葉を失念し、確認を怠ることはなかっただろう。
 それはリズが彼らに用意した、最後の逃げ道——チャンスだった。
 十八という、この国では成人扱いになる年齢。
 なによりこの場は卒業を祝うパーティー。
 まともな者なら、それこそエリザベートやヘルベルトのような「大人」な対応をするだろう。
 なにしろゼジルとラステラはリズを「子どものくせに生意気だ」も見下して、嫌がらせまでしていたのだ。
 本人たちはさぞ、「大人」な対応をしてくれることだろう。

「こ、こっ、この……この生意気な!! たかだか伯爵家の娘のくせに!!」
「!」

 ゼジルが手に取ったのはラステラの扇子。
 無理矢理奪い取り、リズを殴ろうと振り上げた。
 呆れ果てて言葉もない。
 そんな攻撃が【賢者】たるリズに届くはずもないのに。
 なにより、国王陛下にも認められた【賢者】へ、『好きにして構わない』とまで言われ、実父に見捨てられた第三王子が八歳の伯爵家の娘へ暴行。
 それも、こんな大勢の前で。
 口を覆う令嬢たちや、驚いた表情で固まる令息。
 エリザベートとヘルベルト、フリードリヒが前に出ようとするのをリズは視線だけで抑え込む。
 ——手出しは不要だ。
 むしろ手を出されたら、こちらが手を出す理由がなくなりかねない。
 事前にそれは伝えていたのと、リズの実力は散々見せつけてきたので彼らもすぐさま動きを止める。

「アーファ!」
「えっ」

 そんなことを知らない、リズの姉——アリア以外は。

「アリア!」

 バシン!
 と、強い音がした。
 リズが受け止めてると、アリアの左の額上部から血が垂れる。

「お、まえ……」

 怒りで目の前が真っ赤になった。
 家族に——【賢者】アーファリーズの家族に、この男は怪我をさせたのだ。
 だが、どうやらその“怒り”は相手も同じだったらしい。

「私はこの国の王子だぞ! 兄二人が死ねば私が次の王だ!」
「ゼ、ゼジル様! なんということをおっしゃいますの! さすがにそれはいけませんわ!」
「黙れ!」
「きゃあ!」