その重要性を理解もせず、こんな——【勇者候補】たちに恥をかかせて笑いものにしようという王子が現れる始末なのだ。
時の力とは、心の傷を癒すだけでなく物を腐らせたりもする。
『勇者特科』というシステムは、本当に見事に腐り落ちた。
「……他人事のようにおっしゃっているわね」
「ん?」
「管理人として、あなたも当然いらっしゃるのでしょう?」
「ん?」
なんだって?
思わず聞き返すと、扇子で口元を隠したラステラの瞳が細まる。
もちもちとした頬のせいで、半月のようだ。
「だから、あなたですわ、あなた。卒業式、出ていないではないですか。飛び級で、一人勝手に卒業して」
「は? それは——」
元々一年ですべての過程を終わらせている。
成績は首席。
教師に教わることはなにもないし、王立図書館の本も学園図書館の本も、全部読み終えてしまった。
一人勝手に、なんて言われる筋合いはない。
だというのに、ラステラは得意げに笑いながらリズを見下ろす。
「ですからわたくしたちの卒業パーティーで、あなたの卒業も改めてお祝いして差し上げようというのですわ」
「っ!」
そう来たか、と睨みつける。
エリザベートたちと違い、リズは完全に貴族のマナーだのなんだのは後回しにしてきた。
そういうのは、姉のアリアが担当すべきだ、と。
それを知ってか知らずか、リズの貴族マナーはそこそこしょぼい。
そこに漬け込んできたのだ。
だが、こう言われて引き下がるほどリズは大人ではない。
いや、精神年齢から言えばとっくに成人年齢なのだが、それでしおしおとするような性格ではない。
バカにされ、なんなら宣戦布告とも受け取れる言い方にはカチンとくる。
そしてそうなれば当然——。
「上等だよ。行ってやろうじゃん」
まんまと。
「ほほほほほ! ではお待ちしておりますわ!」
「ふはははは! いいか、卒業パーティーは『雷の季節』『烈火の週』『花弁の日』だ! せいぜいマナーやダンスのレッスンに費やしておくんだな! はーっはっはっはっはー!」
つき人たちとともに、笑いながら去っていくゼジルとラステラ。
まったく、お似合いなカップルである。
陰でゼジルがラステラのことを「デブで傲慢であまり好きではない。同じ四侯爵家に、他に女がいないのが悔やまれる」などと言っているのは有名だが、相性抜群すぎではなかろうか。
「にゃーん」
「ぶひぶひ」
「くぅん……?」
「あー、大丈夫大丈夫。どうとでもなるしね。……つーか、このボクに喧嘩売ってタダで済むと思うなよあいつら……。ボクを誰だと思ってんの……? この世界唯一無二の【賢者】だよ? 物理的に敵わないからって無駄なことしてくれやがるよねまったく」
「「「…………」」」
使い魔たちが引いてる。
のにも気づかず、リズはとても八歳児とは思えない邪悪な笑顔を浮かべてゼジルたちが去った方に「首を洗って待ってろよバカ王子とその婚約者」と告げた。
さあ、戦争だ。
***
「ってわけで今日からモナとフリードリヒを仕込むよ!」
「お待ちになって。その話を整理しますと、ゼジル王子たちの目的は管理人さんなのではありませんの?」
「ふふーん、ボクには[模写]があるから平気なんですぅー!」
「な、なんたる卑劣……」
幼少期から貴族としての立居振る舞いを指導されてきたエリザベートとヘルベルトには、リズの奥の手——の割にもう使う気満々——は卑劣に映るのだろう。
二人は上級貴族として、かなり厳しく躾けられてきたのだから、そう感じるのも無理はない。
だが、そんな風に時間と金で培った教養をコピーしてでもこの戦争、勝たでばならぬ。
「なんとでも言うがいい。ボクは売られた喧嘩は買う。金を出してでも買う。ましてあいつらマジ反省しないし。徹底的にフルボッコにしていい加減黙らせたいんだよね」
「……ま、まあ、管理人さんの話を聞いていた限り、妨害行為というか、嫌がらせというか……なかなかに姑息なことを繰り返しているのはあちらの方ですしね」
「ホホーゥ!」
「でしょー! ロベルトはわかってるねー! そうなんだよ、いい加減ウザいんだよあいつら! ボクが在学中からだからね!?」
ばぁん、とリズがテーブルを叩く。
そう、思い返せば奴らの嫌がらせはリズが王立学園に入学した頃からだった。
同じ日に入学した六歳の幼女。
十五、十六の貴族の娘たちはその愛らしさに「かわいー!」と口を覆ったとか覆わなかったとか。
だがそれも数分のうちに終わった。
ゼジルとラステラがいちゃもんをつけてきたのだ。
——「なんでこんなところに子どもがいる! ここは王立学園! 十五歳から入学が許される場所だ!」
残念ながらこの国に『王立学園への入学は十五歳から』などという法律はない。
仕事も年齢制限などありはしない。
あれば国中の平民の子どもらは、十五歳になだたら学園に入学せでばならないし、今親の仕事を手伝って働いてる子たちはどうなる?
そんなことにも考えが至らない王子たちに落胆したのを、よく覚えている。



