転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして

 
「どーせつまんない用だろうから、早く帰って勉強したら?」
「用件を聞く前からなんだその不敬な態度は!」
「じゃあ一応聞くけどなんの用? わざわざボクが出てきてあげたんだから早く言いなよ」
「お前自分の立場わかってんのか!? お前は没落寸前の貧乏伯爵家次女! 私はこの国の第三王子! つまり王族だ! そんな私相手になんで上から目線でものを言うんだ! 不敬罪で処刑してやるぞ!」
「できるもんならやってごらん」

 すぅ、と表情を消す。
 この王子、本気でリズがこの世界で一番強いと知らないのだろう。
 今、この世界に【勇者】はいない。
【勇者候補】ならば各国に数人、この国にも六人いる。
 だがその上位称号【勇者】はいないのだ。
 そしてその【勇者】と同格と言われるのが【賢者】。
【勇者】がいないこの世界で、それはつまり——。

「ぐっ……! ……ま、まあいい! 私は寛大な王族だから、お前のようなガキの無礼くらい許してやろう。二度と王族に逆らうなよ」

 こういうところが小物なんだよなあ、と思うリズ。
 その薄っぺらい“寛大な心”の裏側に犬も食わない無駄に育った虚栄心と自尊心があるのでは。
 あまり人を他人と……特に兄弟と比べるのは好きではない。
 人間、個々に個性があり、長所と短所がある。
 ゼジルの兄二人は大変優秀と聞いているし、ゼジルがそんな二人の兄と比べられて育ったのは火を見るより明らか。
 そういうところには同情するが、だから八つ当たりの対象にされて気分がいいはずもなく。

「どうでもいいから、早く用件言って帰ってくれる?」
「まあ! 殿下の寛大なお許しに感謝もせず、なおも図々しく不敬な態度を取るなんて!」
「あーもー……はいはい、では第三王子殿下におかれましてはこのようなむさ苦しい場所になんの御用でしょうか」

 早く帰ってもらいたいので、改めてそう聞き返すとゼジルはぎろりとリズを睨む。
 こんなにわかりやすく下手に出たのに。
 それが気に入らないとでもいうかのようだ。

「ふん、まあいいだろう。それよりも喜ぶがいい! 貴様ら『勇者特科』の連中を、我らの卒業パーティーに招いてやる!」
「は?」

 と、聞き返しそうになったが、すぐに「ああ」と納得する。
 王立学園は十八歳までの貴族が主に通う。
 十八になる生徒は卒業。
 リズのような破格の成績でもない限り、それが通例。
 そして、基本的に二十歳まで『勇者特科』から出られない彼らと違い、ゼジルとラステラは間もなく卒業なのだ。
 そして、まだ卒業できない彼らを卒業パーティーに呼び、彼らを馬鹿にして笑い物にしよう——と。

「アホくさ」
「あぁ!?」
「おっとしまった。つい心の声が」

 どうにもリズは一言多い。
 多いというか、まあ今のは完全に気を抜いていて本音が漏れたけども。

「あー、いや、まあそういう理由なら……たまの気分転換になると思うので、彼らも喜ぶと思いますよ」

 まずい、肩が震える。
 リズは笑いを堪えるので必死だ。
 だって『勇者特科』にいるのは四大侯爵家、公爵家、最古の伯爵家と言われる御子息御息女。
 残りの二人も田舎者とはいえ、そんな彼ら彼女らとともに生活している。
 特に不安のあるモナだが、エリザベートによる淑女教育に余念がなく、言葉遣いなど日々厳しく指導していた。
 暇さえあればロベルトとダンスをして見取り稽古などもさせている。
「あなたは平民ですが、わたくしのような貴族と共に過ごせるのですから教養をえておいた方がいいでしょう。その方が外へ出た時にきっと役立ちますわ」と、エリザベートなりにモナの将来を思っての行為だ。
 フリードリヒも同様。
 特にフリードリヒは一番若い頃から貴族のヘルベルト、ロベルトと一緒にいた。
 声はでかいし頭は弱いが立居振る舞いは紳士そのもの。

(あーはいはい。この王子様はそのことを知らないのね)

 彼らが恥をかくと思っているのだ。
『勇者特科』などという牢獄に閉じ込められて、青春のすべてを無駄に過ごしていると。
 本当にすっかり『勇者特科』というシステムは腐り落ちて意味を成さなくなっている。
 そうしみじみ感じさせた。
 この国でこうなのだから、きっと他国も同じようなものだろう。
 空に浮かぶ空間の入り口——黒点は明らかに大きくなっているというのに。

(まあでもエリザベートのお父さんとかが頑張ってくれてるみたいだし、近く国際会議が行われるのは決まったって言ってたから……他国から魔石が借りられるようならいよいよボクの出番かな)

 ふう、と空を見上げる。
 黒点……魔王の封じられた空間へ繋がる、空間の入り口。
 五重の結界で封じられたそれを再び閉じるには、単純にリズの五倍の魔力が必要。
 五カ国の魔石を借りられれば事足りるのだが、それを借りるのに色々と手続きがいる。
 面倒だが、それが『国』というものだ。
 その辺りは国王と側近たちに任せる他ない。
 そしてそれが間に合わないならば、勇者を正しく育てるしかないのだ。
『勇者特科』をここまで無意味なものに腐らせた国々が、今更それを正しく行えるはずもないだろう。