転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして

 
 ——『ヘルベルト、君はどんな勇者になりたい?』

(勇者……)

 ヘルベルトの目の前にいる少年は、戦うことを諦めない。
 というよりも、おそらくこれは……。

(私を守ろうとしている)

 使い慣れない武器を両手に持ち、倒れたまま起き上がらないヘルベルトからファイターを引き剥がそうと立ち向かう。
 マルレーネの弓が鉄球に弾かれる中、小柄な体躯を活かして回り込み、膝の裏側に大剣で斬り込む。
 膝裏を斬られたファイターは悲鳴を上げながら仰向けで倒れていく。
 その瞬間、フリードリヒは頭を狙って大剣を振り下ろす。
 噴き出す血潮を浴びながら、その瞳はモナの方へ走っていく通常のゴブリンを捕らえていた。

「おおおおおっ!」

 [身体強化・地]だ。
 大地を味方にして、凄まじい速度でモナを襲おうとしたゴブリンを一刀両断にする。
 初めて使った大剣で、だ。

(勇者……)

 そんなものは、御伽噺の中の——。

(私が、なりたいのは……)

 負ける。負け犬のまま。
 勇者にもなれず、クラスメイトたちの足を引っ張るだけの。
 そんな人間が騎士になれるだろうか。
 フリードリヒだって最初は卒業後、彼の父と同じく「騎士爵を目指す」と言っていたのに。
 この差はなんだ?
 いつからできていた?
 仲間を守る。
 どんな状況でも諦めずに戦う。

(私は……)

 ぎゃっ、と駆け寄る足音に顔を上げる。
 ロベルトが「エルシー! ヘルベルトを守ってくれ!」と白いホーホゥを飛ばす。
 そう、ヘルベルトに近づいていた、通常のゴブリン。
 それでもその手には棍棒が握られており、数回殴られれば死ぬだろう。

(私はきっと、才能がない)

 振り上げられた棍棒をエルシーが爪で掴む。
 使い魔の鳥にすら守られる、自分。
 誰にも——期待されない。
 ただ、守られるだけの……。

「ギャア!」
「そんなのはごめんだ!」

 叫ぶ。
 それは咆哮と呼んでよいほどの。
 武器がない?
 ならば素手で殴ればいい。
 ゴブリンの顔面を、打ち砕くほど——。

「!」

 [身体強化・拳]。
 新たに覚えたそれを、即刻発動。
 さらに[身体強化・脚]を覚えた。
 立て続けに、だ。
 これには自分でも驚いたが、つまり、これは……。

(こんな自分も、いたんだな)

 悔しい、負けたくない、手を汚すのは嫌だ、汚らしい。
 貴族として品行方正で、常に安定した未来を——。

「はははは! 馬鹿馬鹿しいな!」
「ギャアアッ!」

 穴から溢れるゴブリンを、穴の向こう側へ吹き飛ばす。
 その後フェンリルたちに、また穴を塞いでもらう。
 自分たちの役目は、そういうものだ。

「ロベルト、エリザベート、雑魚は任せる! そのままおさえていてくれ!」
「え、ちょ、ヘルベルト!? あ、あなた武器は……」
「いらん! ああ、要らなかった! 私は、最初から……!!」

 向いていなかったのだ、武器を握るのを。
 雁字搦めになっていた。
 自分で、あらゆるものを背負い込み、凝り固まり、レールを敷いてただその上を流れのまま歩く。
 そういう生き方が正しいと思っていた。

(自分で重いものを好んで背負っていれば、行き詰まるのも無理なはい、か)

 苦しくて、苦しくて。
 そうして立ち止まるのは当たり前のことだったのかもしれない。
 今はなぜかすべてがクリアだ。
 これまでのあらゆるものが、馬鹿馬鹿しくてたまらない。

「正面から! すべてを叩き殴る! 私はそういう方が向いていた! [牙突鉄拳]!」

 頭の中に並ぶ自分のステータス。
 その中で新しく覚えた技の数々。
 その数なんと二十四。
 堰き止められていたものが、溢れかえる。
 難しく考える必要はなかった。

 ——『ヘルベルト、君はどんな勇者になりたい?』

 その答えに今明確な答えを出す。
 空いた穴の向こう側に、衝撃波とともにゴブリンを押し返した。
 何匹かは衝撃に耐えきれず吹き飛んだが、粗末なこと。
 どうせ倒すのだから。

「フェンリルたち!」
「おおおん!」
「わん!」

 そうして穴を塞いで、およそ二時間、その場を守り続けた。
 ゴブリン掃討が終わったのは夕方前。
 ゴブリンロードを倒したのは、太陽の玉座(サン・グ・ディロネ)のリーダー、ストルス・ロスドだった。



「お疲れー」
「お疲れ様です! 管理人さん!」
「お疲れ様ですわ。そちらもご無事でなによりです」

 リズが彼らと合流した時、ヘルベルトはすっきりとした顔をしていた。
 その上フリードリヒと興奮気味に新しい戦略や戦い方について話し合っている。
 新たに大剣にまつわるスキルを手に入れたフリードリヒと、拳で戦う闘士(ファイター)のスキルを大量に習得したヘルベルトは、今後の闘い方の幅が広がったからだ。
 まあ、どちらも前衛には変わりないが。

「むふふ。じゃあ次はボクが頑張る番だね」
「え?」
「こっちの話だよ」

 首を傾げたロベルトにそう返してニンマリと笑う。
 もうすぐ『大地の季節・烈火の週・雷の日』。
 教員免許、試験日である。