彼のお父様とお会いしてから、なんとネイトは日本のホテルまで送ってくれた。

 最初は、まだ日本でし残しことがあるのかな、嬉しいなと思っていたんだけど。
 彼のペントハウスとなったエクセレント・スイートの真下にお父様の部屋があてがわれ、エスコートしてもらった。
 お茶でもする?と聞こうかと思ったけれど、彼は私を抱き寄せた。

「meine Liebe. Komm bald zu mir
(僕の愛。すぐに会いにくる)」
「ネイト?」

 聞けば、これからリヴィエラに行くのだという。

「なんで、ウイーンでお別れすれば……っ、」

 ネイトが私の目を見ながらささやく。

「Bin ich der einzige, der schwer zu trennen ist?
(別れがたいのは僕だけか)」

 そんなこと、あるわけないでしょう!

「Ich komme mit den Flügeln, die ich habe, zu meinem Herzen zurück.
(僕は得た翼で心の傍に帰ってくる)」

 あまりの言葉にフリーズしている間に、額ヘキスされ、ネイトは行ってしまった。

 メイド姿をしたスタッフ、そして明日から私の上司になるというスタッフが自己紹介された。
 彼が常時警護してくれるのだという。
 新しい携帯を持たされた。

「大変な人のお嫁さんになっちゃったな」

 籍は入れてないけど。
 色々なことはこれからだけど。

「それにしても……」

 日本からオーストリアまでのフライトは、約12時間。時差はオーストリアが日本のマイナス8時間。

「えーと、朝8時に連れだされて、あっちのお昼に着いて……」

 車で移動してお父様に挨拶した。
 またオーストリアの空港から16時に飛び立って羽田まで、今またお昼。

「め、めまぐるし過ぎっ」

 今日なん日?

 ネイトは自分で言ってたけど、一週間に三カ国の出入国スタンプが押されるなんて、しょっちゅうらしい。

「しんどくないかなぁ……」

 本人は気づかなくても疲れが溜まってるにきまってる。

「警備チームの人達だって疲れてるよね」

 決めた!
 漢方エステ、軌道に乗せよう!

「男性も受けれるように。あとカップルメニューも充実させよう!」


 私はホテルの、お父様の部屋で寝起きするようになった。
 ……というより、私が空を飛んでいる間に、引っ越しが終わっていたのだ。 
 毎日、日本時間の21時になると、携帯に電話が入る。
 
 親もやってくる。
 泊まるときはお母様も連れだって来るので、お父様はニコニコである。

 時折、庭園巡りをしているひかるちゃんが泊まりに来てくれてガールズトークをする。
 誰にもネイトのことは言えないから、ひかるちゃんに聞いてもらうだけで楽になれる。

 今日もひかるちゃんが泊まりに来てくれるはずだったのに、なぜかドタキャンされてしまった。
 ベッドにダイブして枕を抱きしめる。
 静かな空間に一人でいると、たまらなくなる。

「ネイトぉ……。寂ししい……」
「Ehefrau. Wirst du deinem Mann einen Willkommenskuss geben?
(奥様。君の夫におかえりのキスをしてくれないか)」

 幻聴まで聞こえるようになっちゃった。

「しっかりしろ、私!」

 叫びながら勢いよく起き上がったら、後頭部に衝撃があった。

「schmerzlich!(イテッ)」

 空耳じゃない!
 振り返れば、愛おしい人があごを抑えていた。

「ネイトっ」

 私が抱きつけば、もちあげてくるくると回される。

「やあ、玲奈。ハードな挨拶ありがとう」

 ネイトは蕩けそうな目で私を見つめ、横抱きにする。私達のスウィートホームであるエクセレント・ルームにそのまま連れていかれたのだった。