「玲奈」

 エステルームから出てきたら、声がかかった。
 既に支度を終えていたネイトが、待ち合わせ室のソファから立ち上がる。

 私は目を見開いた。
 タキシードっ!
 私がカクテルドレスだから、格としては同じ。
 けれど、ここは日本だってば!

 私はともかく、コンサート会場で男性がビジネスアタイア、会社のパーティーやレセプションでみられるドレスコード以上だと浮いちゃうのよぅ!

 ……なんて言葉は思い浮かんだ瞬間、どこかに行ってしまった。

 奏者として参加、あるいは聴衆として訪れた色々な演奏会。仕事での懇親会。
 はっきり言って、スーツ及び正装男子を見慣れているはずなのに、ネイトは別格!

 逞しくて長身の男性がフォーマルを着ていると、こんなに格好いいなんて想定外。

 うわー、『スーツを着た男性は普段の三割り増し格好良く見える』っていうけど、ネイトはTシャツとジーンズでも、見惚れちゃうのよ?

 しかも首から上についているのは、モデルか俳優が出来そうな男らしくも秀麗なマスク。
 それだけじゃない。
 髪を撫でつけ、髭をあたったネイトは貴族と言っても通るのではないかしら。
 姿形もそうだけど、なにより雰囲気が。

 一流のテーラーの手による服を、それこそ普段着のように着こなしている。
 セレブ御用達のホテルで、周囲を圧倒する存在がタキシードを着ちゃうなんて……、カッコ良さ何倍?ううん、何乗なの。

 彼から出ている空気が着ている服とあいまって『素敵』しか言葉が出てこない。
 私の語彙はどこに遊びに行っちゃったの。

 恐ろしいことに気づいてしまった。
 もしかして私、この人と並んで歩いちゃうの?
 おまけにエスコートされるんだから、妬まれるよね?
 それともネイトに見惚れて、私のことは見逃してくれるかしら……。

 ぽーとしているとネイトが近づいてきて、私の手をもちあげた。

「今夜の君は格別に美しい」

 私の目をみつめながら彼が手に口づけてきた瞬間、私の脳はショートした。