あたし、人間だったの?

 ぐにぐにと執拗に頬擦りをする奥さま。

 もう、ちょっといい加減やめてほしいかも!

「にゃー!」

 そう両手で彼女の頬を頑張って押してみる。あ、もちろん爪はたててないよ? 流石にそれは可哀想。

 にくきゅうをほおに当ててるって感じ?

 あう。

 なんだか奥様の顔、歪んでるのに喜んでる? 感じ?

「ああ、ごめんなさいねマリアンヌ。あんまり貴女が可愛いものだからついつい」

 そう、こちらを向いてニコニコ話す彼女。

 うー。もふもふ成分を補充して満足した顔だよこれ。

 でも。

 最初に見たちょっと悲しそうな顔じゃなくなったから、まあいっか。

 あたしに同情してなのかなんなのかわかんないけど。

 ぺろっと彼女の頬を舐めてみた。お化粧の味は美味しくなかったよ。


「まあ。ありがとうマリアンヌ。慰めてくれるのね。ほんとうに辛いのは貴女なのに。ああ神様、どうしてこの子だったんですか……?」

 うう。

 あたしってなんかの病気か何かで猫になっちゃったとかそんな風なのかな?

 猫になる前、っていうか、この世界のマリアンヌの記憶が無いからふにゃぁだけど、この人はやっぱりお母さん?

 そんな風に考えてた時に奥様の後ろから老紳士って感じの男の人が近づいてきた。

 ロマンスグレーの髪をオールバックにして。

 お鼻の下にはやっぱりちょっと白くなったお髭があるそんな男性。

「奥さま、王宮からの手紙が届きました」

「ああ、セバスチャン。ありがとう。頂くわ」

 そう手紙を受け取る奥さま。

 でも。

 パラっとその場でお手紙を開いた奥様の手が、固まった。


 しばしの沈黙のあと。


「マリアンヌ。ごめんなさいね。わたくしの力が及ばずで……」

 にゃぁ。どうしたの? 奥さま。

「お兄様ったらわたくしがあんなに頼んだのにもかかわらず、貴女と王子の婚約を解消するって言ってきたわ……。猫になってしまっては王子には相応しく無い、周りの重臣を抑えられない、って。だからダメなのよ情けない」

 そう、ちょっと怒っているのか手紙をくしゃくしゃって握りしめる奥さま。

「ああ、マリアンヌ。貴女はわたくしが絶対に元の姿に戻してあげますからね……。かわいい我が娘、マリアンヌ……」

 そう言って奥様、ううん、お母様はあたしを抱き上げ抱きしめてくれた。


 心の奥の、多分、マリアンヌの場所が、ほんのり温かくなるのがわかった。