「夏海、これを見ろ」


そんな考えを打ち消すように、秀が大きな声を上げた。


なんだろう?


そう思うけれど、顔を上げることができなかった。


このままズブズブと水の中に沈んで行ってしまいそうな精神状態だった。


「夏海」


響の優しい声が鼓膜を揺るがし、あたしはゆるゆると大たな動きで顔をあげた。


今も、響が体を支えてくれているからどうにか水に沈みこまずに済んでいる状態だった。


「これだ」


秀に言われてあたしは視線を更に上へと移動させた。


秀が指差している先にあるのは黒板だ。


黒板にはさきほどの数式が書かれていたはずだけれど、今は黒板の手前にあるビニールが優香の血に汚れて見えなくなってしまっている。


なにもないじゃない。


そう言おうとした時だった。


あたしは瞬きをして血に濡れたビニールを見つめた。


血の色が濃い場所と薄い場所に分かれているのがわかる。