愛恋のキス




「見て、あれって……」
「……だよな」


 あれ、気のせいだろうか。私が教室に入る前は、まだ話し声が聞こえてきたはずだけれど、一瞬で静かになった気がする。
 私は何かやってしまったのだろうか。所々で私を見ながらヒソヒソと話す人たちも視界に映っているのだけれど。

 冷や汗をかいて今すぐこの場から逃げ出したくなる。こんな風に注目されることは慣れていない。


「あっ、藍原さんだ。やっと来たんだな」
「……えっ」


 入る教室を間違えた体にして、今すぐ澪のところに行こうと思った時だった。

 男の人の声が私の名前を呼んだ。まるで親しい口調で話しかけられたけれど、確かに男の人の声で疑問に思った。


 私には仲の良い男友達もいなければ、話をするような男もいない。

 不思議に思いながらも顔を上げると、視界に映ったのは今最も会いたくないあの人物で。