「君が藍原さんだよな」
「……え」
少し俯き加減で歩いていたからだろう、反対方向から歩いてくる人物に気がつかなかった。
顔を上げてようやく相手が誰なのかわかり、心の中で最悪だと呟いた。
なぜなら一番会いたくなかった霧谷瑞樹だったからだ。
正直、話しかけられて驚いた。私と彼は同じクラスでもなければ一度も話したことがない。
それなのに存在を認知されていたことに対して驚き半分、悔しさ半分だった。
「そう、だけど……」
曖昧に頷いて言葉を返すと、目の前の男──霧谷瑞樹が笑顔を浮かべた。
「君さ、また俺に敵わなかったんだな」
そのセリフが耳に届いた時、まるで時間が止まったかのような感覚に陥った。
言葉の意味がすぐには理解できず、戸惑う自分がいた。
また俺に敵わなかったんだな……?
彼は常に学年一位で秀才。だが秀才という言葉が似合わないほど素行の悪さが目立っているのでも有名だった。
そのような相手に見下されるようなことを言われた……?
「……ふ、ふざけるなぁ!!」
テスト結果の順位が出たこの日。万年2位の女子生徒が学年1位の秀才に嫉妬して直接怒鳴り込んだというあらぬ噂が流れたのは、それから間もなくしてのことだった。