「一ノ瀬先輩!」
呼びかけると、彼は、いつもの優しい笑顔で振り返った。
走って追いかけてきたので、息が切れている。
肩で息をする私を見て、先輩は目を細めた。
「そんなに急いできたの?」
「先、輩に、追いつかな、いと、と、思っ、たので。」
先輩は楽しそうに笑う。
「僕に会いに来てくれたの?」
「えっ…。」
その通りだ。
私は、一ノ瀬先輩に会うために走ってきたのだ。
そうなんだけど…。
いざ、図星を突かれると、答えづらい。
「まあ、そう、ですけど…。」
「嬉しいよ。」
先輩が、本当に嬉しそうに言う。
…ダメだ。
私は、この笑顔に弱い。
先輩の、この無邪気な笑顔。
そうだよなあ。
私は、先輩のこんなところが、どうしようもなく、
好きなんだよなあ。
「で、何か用?」
なんで毎回、私が話しかけるたびに、用件を訊ねるのだ。
ちょっとムカつく。
「用がなければ、会いに来てはダメなんですか?」
わざと、意地悪な言い方をした。
声も、怒っているように聞こえるよう、トゲを入れてみた。
でも、
「えっ……。」
先輩の、困ったような顔を見て、私のムカつきはあっという間に吹き飛んだ。
ああ、あんな言い方、するんじゃなかった。
先輩にこんな表情をさせちゃって、私って、本当、
「すみません。変な言い方しました。用は、ちゃんとあるんですよ。」
「そうなの?」
私が取り繕うように言うと、先輩は、分かりやすく安堵した。

