一ノ瀬先輩のキーボードの伴奏は、すごく合わせやすかった。
ごく自然に、私の口から音符が飛び出す。
こんなに気持ちよく歌えたのは、いつぶりだろう。
先輩が作った曲。
それを、先輩の伴奏で歌っている。
……幸せ。
「すごいね、君。すごくきれいな声。」
先輩が、拍手しながら言った。
なんだか照れてしまう。
「先輩のピアノも、きれいな音でした。」
「ありがとう。」
先輩は、嬉しそうに笑った。
謙遜も照れもなく、ただ純粋に、嬉しそうに笑った。
まるで、子供みたいに。
…ずるいなあ。
何も意識せずに、こんな表情をつくれてしまうのだろうか。
本当にずるい。
「歌ってて、楽しかったです。…素敵な曲ですね。」
「そう言ってもらえて、嬉しいな。君も、音楽が好きなんだ?」
「私、歌手になるのが夢なんです。」
言うつもりはなかった。
将来の夢なんて、ずっと、自分の中に閉じ込めておくはずだったのに。
これで、2人目だ。
でも、後悔はしていない。
理子といい、一ノ瀬先輩といい、私の周りには、優しい人がたくさんいる。
この人達には、隠さず、正直に言っても大丈夫だ。
「歌手かあ…。」
一ノ瀬先輩は、優しく微笑む。
「いい夢だね。頑張んなよ。」
一ノ瀬先輩は、私の頭をなでる。
ああ、また、私の髪がくしゃくしゃに…。

