一ノ瀬先輩がクローゼットを開けると、中から、電子キーボードが出てきた。
 かなり大きなそれを、一ノ瀬先輩はテーブルの上に置いた。

「先輩、音楽がお好きだったんですか…。」
「うん。小学生の頃から、ずっと。」

 私と一緒だ。

 私も、小学生の頃から音楽がずっと好きで、それで、

「先輩、ピアノも弾けるんですか?」
「一応。」
「弾いてください!」

 先輩は、分かりやすく戸惑った。
 でも、私は引き下がらない。

「この曲、弾いてください。」

 私は、ノートパソコンに表示されている楽譜を指さして、言う。

 この曲は、すごい。
 見た瞬間、それが分かった。

 よく見たら、その曲には、歌詞もついていた。

 作詞作曲、先輩一人でやったんだろうか。
 だとしたら、本当に、

 一ノ瀬先輩は、天才だ。

 美しいメロディーに、少し切ない歌詞。
 下手なライターが作る曲なんかより、よっぽど素晴らしい。

「私、この曲、歌ってみたいです。」

 先輩が、目を丸くする。

「だから、先輩に、ピアノで合わせてほしいんです。」

 この曲を歌いたい。

 それは、まぎれもなく本心だ。
 でも、それ以上に、

 先輩のピアノを、聞いてみたい。

「いいよ。」

 先輩は、優しく微笑んだ。

 私は、胸の内で、ガッツポーズをした。