でも、あの夜以来、私は、一ノ瀬先輩に会うことができなくなった。
…今まで、どうやって、会っていたんだっけ?
ああ、そうだ。
私が、偶然一ノ瀬先輩を見つけるか、一ノ瀬先輩が、たまたま私を見かけるか。
いっつも、たまたまで、会ってたんだ。
そういえば、私は、一ノ瀬先輩のこと、何も知らない。
高校生の時母親を亡くした、3年の一ノ瀬。
知っていることといえば、それだけだ。
何学部で、誰のゼミに参加しているか。
高校はどこで、家はどのへんなのか。
何も知らない。
先輩の好きな食べ物も、嫌いな教科も、何も。
それどころか、
一ノ瀬先輩の、名前さえ知らない。
…会いたいです。先輩。
会って、話がしたい。
先輩のことを、もっと知りたい。
だって、私は、先輩のこと、何も知らない。
知らないから、先輩を見つけることができない。
私にできることといえば、大学校内で、すれ違う人達の波の中に、先輩の顔がないか探すことくらい。
どうすれば、先輩を見つけることができますか。
先輩は今、どこにいますか。
どれだけ探しても、私は結局、先輩を見つけることはできなかった。
一ノ瀬先輩に会うことが叶わないまま、5月は終わっていった。

