その場には、私と、工藤くんだけが残された。

 長いような短いような、沈黙が流れた。

 先に口を開いたのは、工藤くんだった。

「さっき、結希ちゃんが、青い顔して体育館を出ていくの、見たからさ…。」

 しどろもどろになりながらも、工藤くんは続ける。

「それで、すっごく心配で、追いかけてきたんだけど、それで、」
「一ノ瀬先輩、私の知り合い。」

 自分でも恐ろしくなるくらい、冷たい声が出た。
 工藤くんの顔が、サッと青くなる。

「ナンパとか、そういうんじゃ、ない。」
「ごめん……俺、勘違いして……。」

 工藤くんの声が、かすれる。
 聞き取りづらい。

 ナンパだのなんだの言われて、一ノ瀬先輩は、どう思っただろうか。
 それに、

「私たち、カップルって勘違いされちゃったね。」

 『勘違い』
 その言葉に、工藤くんは、露骨に傷ついた顔をした。

「俺、本当、ごめん…。怒ってる、よな……。」

 怒っているのだろうか、私は。
 自分でも分からない。

 もやもやした、嫌な気分だ。

 怒りとは少し違う気がする。

「送ってくよ。」

 工藤くんが、寂しそうな笑みを浮かべて、言う。
 でも、私は今、それどころではない。

 このまま工藤くんと一緒に帰り道をたどれば、私はきっと、工藤くんに、ひどいことを言ってしまう。
 工藤くんを、もっと傷つけてしまう。

「ごめん…。今日は、1人で帰る。」

 そう言い捨てると、私は足早にその場を離れた。

「結希ちゃん……。」

 工藤くんの、悲しそうなつぶやきが、私の耳に届いた。