階段を1つ降りて、廊下をいくつか曲がる。

 確かこっちの方へ向かっていったはず…。

 絶対に見失ってはいけない。
 見失ったら何もかも終わりだ。

 どういうわけか、そんな予感がした。

 図書室のある角を曲がった時、私はやっとその背中に追いついた。

 少し肩幅の広い、がっしりとした背中。
 間違いない、この人だ。

「あ、あのっ…。」

 その人の肩が、びくっとはね上がる。
 そして、ゆっくりと振り返った。

 そう、この整った顔。

 くりくりの目に、高い鼻。
 髪はサラサラで、軽めのマッシュヘア。
 全体的に、柔らかい印象。

 でも、今、この人は、困惑しきった顔をしている。

「あの、昨日はどうも…。」
「え…?」

 まさか、覚えてない?
 私にとっては、いろいろと衝撃的な夜だったのに…?

「あの、私のこと、覚えてませんか…?」

 そう言うと、彼はしばらく考えるような仕草をした後、申し訳なさそうに微笑んだ。

 嘘。
 本当に、覚えてないんだ…。
 この人にとって昨日の出来事は、たいしたことではないってこと?

 首を右手で押さえながら、彼は申し訳なさそうに言う。

「…ごめん、僕、人の顔覚えるの、苦手で…。」

 あなたが覚えていなくても、私が覚えてる。

 あなたのその、少し低いけど、包み込んでくれるような優しさを持った声も、私は覚えている。

「本当に、覚えてないんですね…。」
「うん。ごめん…。」