遥さんの両目からは、再び涙が溢れ始めていた。
しかし、彼女はそれを少しも気にすることなく、話を続ける。
「兄は見ていた。瑞葵が、黒フードをかぶった人物によって、車道へと突き飛ばされているところを。」
私の全身を、悪寒が駆け巡る。
心臓が早すぎる鼓動を刻み、握ったこぶしの中に汗がじっとりとにじむ。
「でも、事故が起こった付近には、防犯カメラは無くて、兄が運転していたトラックのドライブレコーダーにも、瑞葵以外の人は映っていなかった。」
いつ間にか、両腕に鳥肌が立っていた。
「だから、瑞葵の死は自殺、不慮の事故として処理された。でも、兄もうちも、今だにその結果に納得していない。だって瑞葵は、ストーカー被害によるストレスなんかで自殺する子じゃない。」
遥さんの語気が強まる。
「瑞葵は、そいつに、黒フードをかぶった奴に、」
私の身体から、血の気が引いていく。
「殺されたんだ。」
再び、沈黙が訪れた。
会話の中に、『自殺』だの『ストーカー』だの『殺された』だの、とにかく怪しすぎる単語が連発されているせいか、カフェのマスターが、怪訝な視線をこちらに投げかけていた。
沈黙を破ったのは、私だった。
「で、でも、人が1人死んでて、目撃証言も、遥さんのお兄さんのおかげであるわけじゃないですか。だったら、さすがに『自殺』でまとめられることはないんじゃ…。」
「記憶障害なの。」
遥さんは、冷たく言い放った。
「兄はあの夜の事故で、少しだけど、記憶障害を患ってしまった。警察は、そんな奴の証言なんか信用に欠けるって。」
私は、何も言えなかった。
遥さんも、それっきり黙りこくってしまった。
美波さんは、困惑したような目で、私と遥さんを交互に見ていた。

